自然体で、興味を持ったことを・・平成25年6月:間質性肺炎患者に

地名:興味津々。10月30日81万ヒットに。感謝!ギターを手に!高齢・病気を機に

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 この付近はずいぶん古い時代に開け、米作りが盛んであったことは、琵琶湖に近く低湿な平地にめぐまれていたからでしょう。このことは、芦浦屯倉がおかれたことからわかります。
 この地にまつわる次のようなお話があります。「飛鳥時代に聖徳太子が守屋連と戦って敗れこの地に逃げてこられたとき、太子がこの地の人に身を隠してくれるよう頼まれました。人々はさっそく穴を掘って太子を土の中に隠して、その上から菜種をまいたところ、またたく間に菜畑になって、太子は無事助かりました。そこで、太子はこの地に菜生(なさま)という姓を賜わり、これが芦浦の先祖である。」と言い伝えられています。
 この話はあまり信用できませんが、すでに飛鳥時代に都では、その名が知られた土地柄であったことを示すものと言えましょう。
 ともかく、当時重要な穀倉地であったこの地に住み着き、付近を治めていた豪族があって、その一族の名が『新撰姓氏録』に名をとどめる葦占臣で、奈良時代のはじめには葦浦継手、葦浦東人などの名が歴史書の中に出ています。
 葦の生い茂るような低湿な土地は、昔の水田耕作には最も便利で、重要な農地となりました。このようなところから、この付近を葦浦と言い、そこにいた豪族の姓に葦浦をつけたものと考えられます。
 ちなみに、葦占臣は大春日朝臣と同族で、天足彦国押人命(孝昭天皇の皇子)の子孫であると『新撰姓氏録』にあります。また、芦浦観音寺には聖徳太子の開基と伝えられています。

                   『草津のふるさと文化むかし話地名民具』
                           昭和55年3月31日発行草津市教育委員会

「芦浦」地名の所在地

   滋賀県草津市 芦浦町(あしうらちょう)

   長崎県対馬市 芦浦(よしがうら) 

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