穴村の当て字に、安奈邑・吾名邑・安那村などが使われていますが、いずれも「あな」を現すためのもので、あら「安羅」と同音に用いられていたようです。この付近を安羅郷とも言い、安羅神社があることからもこのことが言えましょう。
「あな」という語源は。わが国固有のものではなく、ひら・せた・いせ等と同様に、大陸系、特に朝鮮半島からの外来語であることに間違いありません。
わが国最初の史書といわれる『日本書紀』に、「朝鮮の新羅国の王子・天日槍が難波から宇治川を上って、吾名邑に上陸した」との記述があり、前に述べたことを実証しています。
この地の鎮守は安羅で、祭神は天日槍であります。天日槍は、医学や陶器の技術をわが国に伝えた文化人であると言われています。この一族の子孫が安那公となり、史書に現れる名族となったことは、おそらくまちがいないことでしょう。
天日槍の伝えた医術の名残でしょうか、この地には有名な穴村の「もんやさん」があり灸術で知られています。かっては、幼児をつれた母親たちがここを訪れ、特に大津からは、穴村行きの蒸気船が多くのお客を運んだのも、そんなに遠い昔のことではありません。
『草津のふるさと文化むかし話地名民具』
昭和55年3月31日発行草津市教育委員会
「穴村」地名の所在地
滋賀県草津市 穴村町(あなむらちょう)
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