地名については諸説ある。
この辺りは竹薮が多かったのでに雀が鳴きしきっていたのでその名がある。
また一説には壬申の戦いで瀬多口の一戦に破れ、小茶臼山麓の大竹藪に引き退いた大友皇子が、
反撃の隊を繰り出すに際し中世末期の城郭内にあった「武者溜まり」の如く、この谷の一画に
兵を集め低声で点検し訓示して、出発のとき声高らかに「進め!」と号令したのを、
近辺に隠れていた士族が、この谷を進めが谷と言い伝えた。
それが数年転じて雀ケ谷と呼ぶに至ったという。
明治22年4月 中ノ庄村一地区の雀ケ谷、
同34年 膳所町の小字、
昭和8年5月 大津市と合併のとき西台雀ケ谷と称して膳所中ノ庄の小字、
同39年4月 住居標示施行により大津市秋葉台の一部と、同富士見台の一部となり、
雀ケ谷の名とそのほかの旧町名は消滅した。
『膳所のあゆみ』昭和58年12月1日発行
全国の「雀」地名の所在地
|