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平泉寺(福井県勝山市)に残る記録では、悪行を重ねていた同寺の僧侶・東尋坊が地名の由来になっていると記されている。
平安末期の1182年4月5日、東尋坊の乱暴な振る舞いに手を焼いた仲間の僧侶たちが、海辺見物と称して東尋坊をがけの上に誘い出し、泥酔させて海に突き落としたという。ただ、地元では、寺の美しい姫を巡る三角関係のもつれが原因とも伝えられている。
東尋坊が実在したかはさだかでないが、戦国時代の境内を描いたとされる絵図には、同名の僧坊が見える。
讀賣新聞 2015年(平成27年)7月11日(土曜日)朝刊
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2015年09月16日
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