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(前略)地名の「倉敷」は、物資を置く場所を「倉敷地」と読んだことに由来するとされ、倉敷市歴史資料整備室課長主幹の山本太郎さん(53)は、「江戸初頭には物資の集積として『倉敷村』が存在した」と説明する。(後略)
*由来
倉庫の敷地その施設を指す「倉敷」は、岡山県北部の地名にも存在した。今の美作(みまさか)市にあった「倉敷」は、鳥取県に通じる街道の宿場町として繁栄したが、物資の輸送が鉄道に代わって廃れ、バス停にその名を残すだけになっている。
倉敷市によると「倉敷」の地名が最初に出てくるのは1601〜03年、初代備中松山藩主・小堀正次が商人に宛てた書状で、倉敷から舟で、畳表と材木を大阪に運ぶよう命じていた。09年の古文書「倉敷屋敷方御免被成分之帳(くらしきやしきかたごめんなられぶんちょう)」には、海上航行に従事する水夫(かこ)屋敷の記録があり、一帯は既に港湾都市化したことがうかがえる。
読売新聞 2015年(平成27年)2月21日(土曜日) 30面
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2015年02月21日
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