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松島が歴史の表舞台に登場するのは平安時代。地名の由来には諸説あり、松島町史には、見仏(けんぶつ)上人のj時代より前に、「松嶋が詠まれた和歌が紹介されて入る。「源氏物語」や「後撰和歌集」などに少なくとも6首登場するという。
〈松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくはぬれしか〉
「後拾遺和歌集」で、歌人・源重之が詠んだ歌は、「松」と「待つ」や「雄島」と「惜しむ」をかけ、恋しい人を思い、、涙する様子を表している。松島は恋の歌枕として登場することが多く、都人から憧れの地として詠まれたという。
本文 <前略>
松島町史などによると、平安時代の1104年(長治元年}伯耆国(現代の鳥取県)から訪れた僧の見仏上人が雄島にこもり、法華経6万部をひたすら読むこと10年余り。うわさは京都まで伝わり、1119年(元永2年)鳥羽天皇が高徳をたたえて、松の苗木1000本を贈ったことから、雄島は「千松島(ちまつしま)」と呼ばれるようになり、やがて「松島」になったとされる。<後略>
讀賣新聞 2015年(兵士栄27年7月18日(土曜日) 朝刊
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2015年09月21日
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