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松島が歴史の表舞台に登場するのは平安時代。地名の由来には諸説あり、松島町史には、見仏(けんぶつ)上人のj時代より前に、「松嶋が詠まれた和歌が紹介されて入る。「源氏物語」や「後撰和歌集」などに少なくとも6首登場するという。
〈松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくはぬれしか〉
「後拾遺和歌集」で、歌人・源重之が詠んだ歌は、「松」と「待つ」や「雄島」と「惜しむ」をかけ、恋しい人を思い、、涙する様子を表している。松島は恋の歌枕として登場することが多く、都人から憧れの地として詠まれたという。
本文 <前略>
松島町史などによると、平安時代の1104年(長治元年}伯耆国(現代の鳥取県)から訪れた僧の見仏上人が雄島にこもり、法華経6万部をひたすら読むこと10年余り。うわさは京都まで伝わり、1119年(元永2年)鳥羽天皇が高徳をたたえて、松の苗木1000本を贈ったことから、雄島は「千松島(ちまつしま)」と呼ばれるようになり、やがて「松島」になったとされる。<後略>
讀賣新聞 2015年(兵士栄27年7月18日(土曜日) 朝刊
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平泉寺(福井県勝山市)に残る記録では、悪行を重ねていた同寺の僧侶・東尋坊が地名の由来になっていると記されている。
平安末期の1182年4月5日、東尋坊の乱暴な振る舞いに手を焼いた仲間の僧侶たちが、海辺見物と称して東尋坊をがけの上に誘い出し、泥酔させて海に突き落としたという。ただ、地元では、寺の美しい姫を巡る三角関係のもつれが原因とも伝えられている。
東尋坊が実在したかはさだかでないが、戦国時代の境内を描いたとされる絵図には、同名の僧坊が見える。
讀賣新聞 2015年(平成27年)7月11日(土曜日)朝刊
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秋の気配を感じる季節となりましたが、皆様お変わりありませんか?
関東38会では今年も『秋の京都紅葉の旅」を下記のとおり企画しています。
関西38会の人にも是非参加していただきたいとの案内がありましたので、お知らせいたします。
記
1 ツアーの日程
11月23日(月・祝)〜24日(火)の2日間
・23日昼12時「ホテルギンモンド京都」に集合
場所 京都市中央区御池通高倉西入ル亀甲屋町595
(地下鉄烏丸線尾家家記下車「3−1番」出口より東へ徒歩2分)
℡ 075−221−4111
14時〜16時半 南禅寺〜永観堂紅葉
17時〜20時 「南禅寺ぎんもんど」で宴会
場所 京都市左京区南禅寺草川町43
℡ 075−751−1320
21時〜 「ホテルギンモンド京都」で二次会
・24日
11時〜 「ホテルギンモンド京都」出発
修学院離宮・萬壽院・天授庵・高台寺紅葉
(移動はジャンボタクシー9人乗りを何台かで・・
1人終日 4,000円〜4,500円)
18時 京都駅で解散
2 費用 宿泊(朝夕食)・宴会 18,000円
宴会だけ 8,000円
その他は 各自負担
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