自然体で、興味を持ったことを・・平成25年6月:間質性肺炎患者に

地名:興味津々。10月30日81万ヒットに。感謝!ギターを手に!高齢・病気を機に

大津市

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琵琶湖の大きな港を意味するが、667年大津に都が移され、大津宮と呼ばれるようになり、後に古津という呼び名から大津に改められるようになった。
大津市は、歴史の町である。史跡と古美術の町である。有する文化財の数では、京都・奈良・東京に次ぐ。それらの多くが延暦寺・三井寺・石山寺・日吉大社・近江神宮の“三寺ニ社”にある。大津がまた景勝の地であることは、いわゆる“近江八景”がほとんど市内に集中していることでもわかる。三寺ニ社が古美術と史跡を代表するなら、景勝を代表するのは、いうまでもなく琵琶湖である。
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滋賀県大津市の地名

網町:江戸期から昭和26年の小字名。慶長6年膳所城下整備の際、漁夫の居住地となったことによる。現 膳所網町。

「網」の付く地名について

その1 → http://homepage1.nifty.com/saga-t/kappa/watashi/chimei/chimei-main.html
綱干坂:網干坂の名は昔、このあたりまで入り江だった頃、漁師が網を干したことからその名がついた。
新網町 幕府に白魚を献上するようになり、漁夫の網を干す場所を賜った。それが町地となって新網町となった。
小網町 佃島の漁師が小網を干した場所であったことから小網町となった。
その2 → http://glin.jp/arc/arc.cgi?N=291
網走:地名の由来は、アイヌ語のアパシリ[我らが発見した土地の意]による(アイヌ語地名解)。また、アパシリはもとチパシリといい、「幣場・島」の意で、かつて網走湖口近く(現大曲付近)の海中にあった帽子岩を指した名称であった。漁民であったアイヌはこの岩に紙の幣場を設け崇拝したという(戊午日誌)。また一説に、アパシリは「漏る所」の意で、窟の入口が雨漏のようにぬれることによるという。
その3 → http://www.kepco.co.jp/insight/content/column/library/library020.html
網島:「摂津名所図会大成」に「此地ハ淀川のつゝみにして漁家つらなり鮮魚を多く市に出す。さる程に軒毎に終日網を干ゆへ」と記されているように、古くからの漁村で、網が干されていたことに由来。近松門左衛門の浄瑠璃「心中天の網島」で有名。
その4 → http://blog.goo.ne.jp/como_esta_2005/e/28bf44d09168651bb7c4de2700770705
東京両国にある地名
僕はもう、横綱(よこづな)だと、アタマから思い込んでいました。実は横網(よこあみ)だった、と言われても、あっ、そう、とにわかにアタマを切り替えることは、むずかしい。
地元の人たちに言わせれば、「だって昔から横網(よこあみ)なんだから、しょうがね〜だろ」となるのでしょうけどね。

今年初めてのカキコです。こんな調子で、続けたいと思います。よろしくお願いします。

滋賀県草津市の地名

穴:安那と書き、穴は後世の略という。安那と安羅は音が通じ、古代朝鮮の安羅(あんら)国名にちなむ渡来人の里とする説がある。

滋賀県大津市の地名 「穴太」念のため 読みは「あのう」です。

穴太:古くは穴穂(日本書紀)・穴多(延喜式)・穴生(太平記)・穴尾(鎌遺)とも書いた。漢人系渡来人穴太村主(すぐり)が居住していたことと関連するのか。

「穴」のつく地名は沢山ありそうですし、由来もそれぞれに興味あります。散見した地名です。
「穴切」の地名について → http://www5f.biglobe.ne.jp/~sy-baba/hosokuanakiritizu.html
               http://www5f.biglobe.ne.jp/~sy-baba/hosokuanakiri.html

「馬穴」の地名について → http://www3.ocn.ne.jp/~seasnow/newpage5.htm

「熊穴」の地名について → http://www.fgo.jp/~ls-ayame/syozai.html#c


穴牛」・「穴切」・「狼穴(おいのあな)」・「上穴牛」・「中穴牛」(岩手県二戸市)
             → http://www.ibc.co.jp/timei/frames/1_ninohe.html

滋賀県大津市の地名

赤塚村:江戸期から明治12年の村名。壬申の乱で戦死した将兵を祀る塚を赤塚と称し、その子孫が居住したことによると伝える。
赤塚村のその後 → http://homepage2.nifty.com/8karin/oumi/oumi.htm
滋賀里三丁目 (旧赤塚村) 赤坂→天塚(あまつか)→雨塚→甘塚

赤塚の地名があるところ
赤塚:新潟県新潟市・茨城県水戸市・茨城県つくば市・東京都板橋区・和歌山県橋本市
赤塚町の地名のあるところ
赤塚町:愛知県名古屋市東区

関東にも赤塚のルーツがあります。 → http://www.narimasu.info/history/na-history.html
赤塚は、関東ローム層の赤土が至る所で見られた地域で、地名もそれに関わるものと思われます。地名の起こりは、赤塚8丁目松月院の門前にかってあった塚(古墳)を土地の人は恐れ近づかず、その荒れた塚「荒塚」が「赤塚」に訛ったという説があります。この塚の上に社を祀り、鳥居に「赤塚」と書かれた額が掲げられていたと言われています。

滋賀県大津市の地名

赤尾:中世八幡野と称する広大な原野であったが、文化年間に大津の商人赤尾松太郎が新田を開いたことによる。現在の大津市赤尾町のことか?
赤尾の地名のあるところ
埼玉県坂戸市・三重県桑名市・大分県宇佐市・福井県あわら市・滋賀県伊香郡木之本町
三重県桑名市は、「あこお」の読みである。そのほかは「あかお」と読んでいる。

赤尾を含む地名
塩山赤尾:山梨県甲州市 (えんざんあかお)
上賀茂赤尾町:京都市北区 (あかおちょう)
平泉寺町赤尾:福井県勝山市 (へいせんじちょうあかお)
宮崎赤尾町:福井県大飯郡高浜町 (みやざきあこまち)と読む
西赤尾町:富山県南砺市 (にしあかおまち)
東赤尾:富山県南砺市 (ひがしあかお)
赤尾郷:長崎県南松浦郡新上五島町 (あかおごう)
赤尾木:鹿児島県大島郡龍郷町 (あかおぎ)

滋賀県滋賀郡の地名 年月日は地名の市立日

滋賀県大津市と合併が決まってます。
志賀町:合併前の組合立中学校の名称「志賀中学校」が住民になじんでいたので採用。
                          昭和30年10月1日
合併の際は、滋賀郡が滅亡し、志賀町はそのまま残るのでしょうね。
 
小野朝日:新生町名にふさわしい名を合成。昭和49年11月11日 
小野湖青:小野水明:琵琶湖にちなむ名を合成。昭和51年4月14日

小野○○の地名は、合併の際は変わるのでしょうか?地名についての議論は聞こえてこない。

             角川日本地名大辞典 25 滋賀県

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