元NHK理事の鈴木幹夫氏死去産経新聞 2月12日(水)22時8分配信
鈴木幹夫氏(すずき・みきお=元NHK理事)7日、肺炎のため死去、79歳。葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は妻、玲子(れいこ)さん。 |
間質性肺炎
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サンデー時評:岩見隆夫氏死去 享年78歳2014年01月22日
◇潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう=サンデー毎日編集長) サンデー毎日連載「サンデー時評」の筆者で毎日新聞特別顧問の岩見隆夫さんが1月18日午前9時28分、入院先の慶應大学病院(東京都新宿区)で、肺炎のため亡くなりました。78歳でした。
1935年、旧満州大連生まれ。47年に山口県防府市に引き揚げ、中学・高校を卒業。58年に京都大学法学部を卒業後、毎日新聞社に入社。政治部副部長、サンデー毎日編集長、編集局次長などを経て2007年に退社。89年から2013年12月まで『毎日新聞』紙上に政治コラム「近聞遠見」、98年新春合併号から「サンデー時評」を連載。「政治報道に新生面を開いた」として、92年に日本記者クラブ賞を受賞した。
2013年6月16日号の「サンデー時評」で〈末期がんを宣告された日〉を記し、末期の肝臓がんであることを告白。以後も入退院を繰り返しながら病床で時評を書き続けたが、今年の新春合併号掲載の788回を最後に治療に専念し、休載していた。
主な著書に『陛下の御質問』『昭和の妖怪 岸信介』『総理の娘』など。昨年5月、近年のサンデー時評などをまとめた『安倍内閣の研究』(毎日新聞社)を上梓(じようし)。同7月『敗戦 満州追想』(原書房)が最後の出版となった。
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編集長の大先輩である岩見さんは『サンデー毎日』をこよなく愛し、死を覚悟しながら「ペンをとれる限り、サンデー時評は書き続ける」と繰り返された。
体調厳しい週もあったが「大丈夫。読んでくださる読者がいる」と、時に震える文字で、手書き原稿を送られた。
昨年12月末に届いた最後の原稿には、手紙が添えられていた。死の淵(ふち)にあってなお、この国への希望と執筆の意欲を伝える内容。起き上がるのもきつい状況で、文末には「ご自愛を」と。
温かいまなざしと長年の執筆に心から感謝します。安らかにお眠りください。ありがとうございました。
◇最後の手紙潟永さま
入院の小生を何かといたわっていただき感謝にたえません。余命はわかりませんが、身体の許す範囲で頑張る所存、これまで通りのご支援をお願いします。
年の瀬、ぼんやり病室から窓の外を眺めていると、この国まんざらでもないなと思えてくることが多いです。
最近の「秘密」「猪瀬」騒動だけを見ると、亡国の淵にあるような錯覚にとらわれますが、来年は別の視点も取り入れたい、などと思っています。いかがなものでしょう。
ともあれ、ご自愛を。
岩見
(サンデー毎日2014年2月2日号) |
訃報:大木伸夫さん88歳=演歌歌手毎日新聞 2013年12月30日 21時57分
大木伸夫さん88歳(おおき・のぶお<本名・川内優=かわうち・まさる>演歌歌手、日本浪曲協会名誉顧問)30日、間質性肺炎のため死去。通夜・葬儀は近親者で営む。喪主はマネジャーの高橋ひろみ(たかはし・ひろみ)さん。
代表曲は「涙の酒」など。
紀野一義氏(仏教学者)が死去読売新聞 12月30日(月)9時24分配信
紀野一義氏 91歳(きの・かずよし=仏教学者)28日、肺炎で死去。告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く。喪主は長男、真輝(まさき)氏。 在家仏教団体の真如会主幹で、宝仙学園短大学長などを務めた。 |





