喜多村和之氏(広島大名誉教授)が死去読売新聞 12月27日(金)8時58分配信
喜多村和之氏 77歳(きたむら・かずゆき=広島大名誉教授)25日、肺炎で死去。告別式は近親者で行う。喪主は妻、京子さん。 専門は大学論で、米国で唱えられた高等教育の発展段階説を日本に紹介した。主な著書に「高等教育の比較的考察」「大学教育の国際化」など。 |
間質性肺炎
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北岡徹氏(元日本セメント〈現太平洋セメント〉会長)が死去読売新聞 12月26日(木)9時14分配信
北岡徹氏 90歳(きたおか・とおる=元日本セメント〈現太平洋セメント〉会長)21日、肺炎で死去。告別式は近親者で済ませた。喪主は長女・江越玲子(えごし・れいこ)さん。
太平洋セメント主催のお別れの会は2月17日正午、東京都港区虎ノ門2の10の4ホテルオークラ東京。 森田順人氏 85歳 夕刊 読売新聞 12月25日(水)
(もりたじゅんと、本名・西村順人=にしむら・じゅんと)=能楽笛方森田流)
21日、肺炎で死去。告別式は近親者で済ませた。喪主は次男、保美(やすよし)氏。
能楽協会京都支部に所属した。 |
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田谷 鋭氏 歌人 田谷 鋭氏(たや・えい=歌人)6日、肺炎のため死去、95歳。千葉市出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男徹(とおる)氏。 歌人宮柊二の指導を受け、53年の歌誌「コスモス」創刊に参加、その後、編集人も務めた。74年「水晶の座」で迢空賞。他の歌集に「母恋」(読売文学賞)など。
浜中浩一氏(クラリネット奏者)が死去読売新聞 11月8日(金)14時36分配信
浜中浩一氏 76歳(はまなか・こういち=クラリネット奏者)7日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去。告別式は12日午前11時、東京都港区高輪3の16の16東禅寺。喪主は妻、和子さん。 1969年から24年間、NHK交響楽団の首席奏者を務めた。国立音楽大などで後進の指導にもあたった。 |
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ホンダ2代目社長・河島喜好さんが亡くなる
2013.11.06
1973年から1983年まで、本田技研工業の2代目の取締役社長を務めた河島喜好(かわしま きよし)さんが31日、肺炎のため亡くなった。享年85。
河島さんは1928年2月1日生まれ。1947年に現在のホンダの前身である本田技術研究所に入社し、草創期のエンジニアとして、ドリームE型に搭載されたホンダ初の4ストロークエンジンを設計。二輪車メーカーとしてのホンダの飛躍を支えた。また、1959年に初参戦した二輪マン島TTレースでは監督としてチームを牽引した。 1973年には、初代の本田宗一郎社長から社長職を引き継ぎ、集団指導体制による経営に移行。社長としてオイルショックに始まる激変の10年を舵取りし、82年には日本メーカーとして初の四輪車の米国現地生産を開始するなど、ホンダの売上高を5倍に拡大させた。 1983年には社長を退任し、取締役最高顧問に就任。79年にはベルギーでレオポルドII世勲章コマンドール章を、07年には旭日重光章を受章した。葬儀は故人の遺志により近親者で執り行われており、後日ホンダとして“お別れの会”を行う予定だという。 (オートスポーツweb)
青山茂氏=帝塚山短大名誉教授 奈良の歴史や文化を多角的に研究する「奈良学」を提唱。奈良国立博物館評議員などを務めた。
(2013年11月7日09時04分 読売新聞)
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