日時:平成22年4月17日(土曜日)〜6月6日(日曜日)
入館チケットより
和歌〜やまとうた〜は日本の文芸の首座を占め続けてきました。なかでも天皇や院の命で編まれる勅撰和歌集の撰者になることは、歌人にとってこの上ない名誉でした。
冷泉家には、平安・鎌倉時代の歌人で勅撰和歌集の撰者となった藤原俊成、定家、為家を祖にもち、歴代が宮廷や武家の稼動師範を勤めた家柄です。京都御所にほど近い同家の蔵には800年の伝統の中で蓄積された、膨大な量の古典籍や古文書などが収められています。
本展は、藤原俊成筆「古来風躯抄」、定家筆「古今和歌集」「後撰和歌集」「拾遺愚草」「明月記」の国宝5点をはじめ、約300点以上の重要文化財を前・後期にわけて公開します。「実方集 色紙本」や「素性集 色紙本」(ともに重要文化財)など美しい料紙と流麗なかな文字の取り合わせがみごとな平安時代の装飾本も見どころです。華麗に表装された天皇直筆の書「宸翰」も公開いたします。みやびな王朝美の世界をご堪能ください。
朝日新聞 別刷り特集より
平安朝以来の公家文化を現代に受け継ぐ京都・冷泉家。その歴代が800年間、受け継いだ和歌集や歌学書、古記録などを84巻ににわたって刊行した「冷泉家時雨亭叢書」の完結を記念し、「冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展」(冷泉家時雨亭文庫 朝日新聞社など主催)が4月17日、京都市中央区の京都文化博物館で開幕した。叢書に収録された国宝、重要文化財などのうち、計約370点の原典を展示し、冷泉家が守り抜いた王朝美を紹介する。
京都御所の北にある今の冷泉家は、現存唯一の公家屋敷(重要文化財)であり、平安以来の貴重な文化を継承する「和歌守」の家でもある。
勅撰集(天皇や上皇の命による和歌集)や私家集(個人の歌集)をはじめ、歌学書、日記などの古記録、風土記、宸翰(天皇の書)など。冷泉家所蔵の文化財の実数は数千件にのぼる。
冷泉家と和歌との深い結びつきは、家祖と仰ぐ歌人の藤原俊成、定家らまでさかのぼる俊成は「千載和歌集」の定家は「新古今和歌集」の撰者としてそれぞれ、知られる。そして、ともに優れた和歌の研究者でもあった。
定家は「古今和歌集」(10世紀初め成立)を少なくとも16回は書き写し、研究したとされる。うち、1226(嘉禄2)年に書写した「古今和歌集 嘉禄2年本」は今も冷泉家に伝わり、国宝に指定されている。
その定家が、約60年にわたって書いた日記が「明月記」だ。源平の盛衰を含む激動の平安末期の重要な歴史資料であり、こちらも国宝。
冷泉家に残る私家集には、気品を感じさせる着色や模様が施された料紙を使い、観賞のため本を美しく飾られたものが多い。「平安装飾本」と呼ばれる豪華な私家集のなかでも、定家が手元に置いて参照した平安中期の「素性集 色紙本」(重文)のきらびやかさはひときわ目を引く。
色が異なる紙を破った形で張り合わせた「破り継ぎ」技法が見られる平安中期の「道信中将集」(重文)や、天皇から拝領した衣を転用したとされる軸の装丁もある。宮廷の色彩感覚を今に伝える。
さらに、七夕の優雅な伝統行事である学芸祈願の「乞巧奠(きっこうてん)」や歌会、舞などの文化的な年中行事も営々と続けてきたのが冷泉家である。宮廷文化の一翼を担う催しとともに、独自の祖先祭や正月の儀式などの伝統的な文化も受け継いできた。
こうした有形、無形の文化を京都を襲った度重なる戦乱から冷泉家は守ってきた。明治になって、多くの公家が東京に移り住むなか京都にとどまり、戦後の荒波さえ乗り越えてきたのも冷泉家だ。
そんな「和歌の家」が成し遂げた文化史上の快挙を、展覧会の品々は深い彩をまとい静かに語りかけてくる。
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