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8月13日 午前0時4分
実家父より電話
うとうとと眠ってしまっていた私、飛び起きる。
こんな時間に電話。何かあったに違いない。
電話に出るが、「ワァーワァー」言ってる、たぶん姉の声が聞こえるが、
「もしもし?もしもし?」と言っても返事がない。
実家父に何かあったのか?
少しの間があり、実家父の声がしたが、
聞こえないとかわからないとか言ったのだろう、
電話を代わったのが、救急隊の人だった。
姉、友だちに誘われて、
閉店後のパチンコ屋の清掃のバイトに行っているが
(まだ3回目くらいで、清掃時間は1時間もない)
そのバイトから帰ってきて、気分が悪くなったらしい。
というか、パニックを起こしています。
過呼吸で手が痺れているらしい。
パニック症状で、ずっとワァーワァー叫んでるみたいで、
「もう限界」だの「○○(兄)に言って、どうのこうの」という声が聞こえてきます。
すぐに行くが30分くらいはかかる旨を伝える。
この時点では、まだ搬送される病院は決まってなかったので、
私の携帯番号を教えた。
姉宅へ行く途中で、搬送先が決まったと電話が入った。
こちらが言うよりも先に、救急隊の人のほうから、
実家父を一人で置いておくわけにもいかないから
一緒に連れて行ってくれるとのこと。助かった。
それで、私は直接、搬送先の病院に向かった。
病院に着くと、救急車は到着していて、ちょうど運ばれるところだった。
姉はずっと、ワァーワァー言っていた。
兄にも電話して、無理だと言え。とか言っていたが、
錯乱状態、たわごと?なので、はいはいと言ったが、電話はしなかった。
のちに、姉が、
兄から電話がないと言っていたので、それは覚えてたんだ。と・・・
それと、実家父はちゃんと服を着ていたが、
寝るときは、シャツとステテコ姿だったはずで、
救急隊の人が手伝って服を着せて下さったみたいだ。
姉も荷物持ちな質なので、カバンになんでも入っているのは知っているので、
保険証や診察券などをカバンの中から探すが、
もうちょっと整理しようよ〜って感じでみつけるのに苦労した。
結局、落ち着くまで別室で。
「○○ちゃんは?(姉の息子)」と何度も言うので、
深夜1時を回っていたが、とりあえず電話する。
別に今すぐどうって話でもないけど、来てくれることになった。
甥だけが来るのかと思っていたが、奥さんと下のチビちゃん2人も一緒。
先生からの話があるところだったので、ちょうどよかった。
また、やっと姉が落ち着いてきて静かになったところに来たので、
甥や孫の顔を見て、安心したのか、姉、帰ると言い出す。
過呼吸とパニック症状というだけだったので、帰っていいことに。
姉、曰く、『熱中症』だと言っていたが、ありえなくもないかな・・・
甥たちが姉たちを送ってくれることになった。
私は今日、海水浴に行く予定だったが、
実家父もいるので、放って行くわけにもいかないしと思っていたら、
実家父はディサービスだし、大丈夫だと姉が言うので、海に行くことになった。
家に着いたのは3時を過ぎていた。
甥たちは、もっと遅くなったと思うけど・・・
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介護
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6月19日
夜、姉から電話。
昨日の昼間に電話があったときは普通だったのに、
今日は、また『うつ』に突入していて、実家父のことで、「もう限界だ」と・・・
梅雨の時期なので、仕方ないけど、
こっちは「あ〜 またか」って感じ。
とりあえず、明日の朝一番でケアマネさんに電話して、
実家父をしばらく預かってもらえるところを探してもらうことに。
6月20日
朝9時にケアマネさんに電話。
前に入った老健は、あまりにも自由がないので違うところでお願いしました。
6月21日
昼頃、ケアマネさんから電話。
前から話には出ていた老健施設が受け入れ可能とのことで、
老健施設から私のところに電話がかかってくるとのこと。
夕方、老健施設から電話。
面談や契約も必要だし、入所は早くても7月2日になるとのこと。
面談・契約は実家父や姉が居ないと始まらないし、
私では都合が分からないので、姉に確認して連絡することに。
姉に電話するが、
「(入所が)そんなに遅いのか」という口振りで・・・
初めてのところだし、面談や契約があり、すぐにとはいかないのは当然のこと。
かと思えば、
「老健に実家父を入れるのがかわいそうだ」と言い出すし・・・
実家父に言うのが辛いみたいに言うので、私が言うからと言うんだけど、
グダグダ・・・グダグダ・・・
うつ状態なんで、グダグダ言うのは仕方ないのかもしれないけど、
でも、こっちは実家父よりも姉のことを思って動いているつもりなんですけど!
姉のために、早く早くと急かして入所の件を決めてるつもりなんですけど!
なんか、イライラしてきます。
6月22日
朝一でケアマネさんに電話。
姉の様子を伝え、姉の説得というか、気持ちを聞くというか、
老健施設の面談・契約の日付を決めるように促してもらうことに。
結局、28日に面談・契約することに決まりました。
入所までは、実家父はショートステイやディサービスでほとんど居ないので
なんとかなるでしょう。
というより、
毎週ショートステイやディサービスが入っていて、
丸一日、実家父が居る日なんて、週に一日くらいなんですけどね、いつも
6月28日
姉宅に、老健施設の相談員さんが来てくれて面談・契約。
本人である実家父はショートステイで留守。
入所は7月2日に決まりました。
7月2日
午後に入所
退所する日を決めてほしいとのことで、
最低1か月は居てほしいそうなので、8月3日に決めました。
当初から1か月くらいの予定だったので、
普通なら4人部屋なのですが、個室にしてもらいました。
その分、部屋代が高くなりますが、期間限定だし、
実家父は外面が良く、人に気を遣うタイプなので、
個室のほうが気楽だと思ってのことです。
退所までの間、何度か面会に行きましたが、
その度に、「いつまで居るんや?」と訊いてきます。
「8月3日まで」と答えると、
「えぇ! 今日は(と自分の携帯を見て日付を確かめて)7月○日や。
あと○日以上ある。」
「帰る日を(施設に)言っとかな」
「言ってある。知ってはる。」
このやりとりを3〜5分おきに、5、6回
また、姉はどうしてるんやと訊くので、
「○○ちゃん(姉の息子)とこ、
夏休みで4人もいるから大変で手伝いに行ってるんや」(口実)
と言うと、
「そら、そうや。行ったらな。(行ってあげないと。の意)」 と言うが、
「こんなとこに入らんでも、(自分)一人でも大丈夫や」と言い出す。
ペットボトルすら自分で開けられないのに、それは無理ですから〜
このやりとりもエンドレス
でもまぁ、知り合いがショートステイで来ていたりするし、
前の老健と違って、食堂にみんな居て賑やか。
簡単な計算問題のプリントをやって、
職員さんや他の利用者さんに褒められて、
それなりに楽しく過ごしているようだ。
8月3日
午後一で迎えに行くと、今日が退所日だということを実家父は忘れていた
「もう帰るのか?」だそうだ
あのエンドレスのやりとりは何だったのか・・・
実家父は父で、姉に気を遣ってディサービスやショートステイに行っている。
実家にいるときは、嫌がってたんですよね・・・
姉は、実家父が老健に入って、梅雨も明け、落ち着いたけど、
またいつ「もう限界」が始まるかわからない・・・
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4月2日
朝10時前に入院のため病院へ。
受付で手続きをして、待つこと数分。
男の看護師さんがお迎えに来られました。
病棟へ上がって、病室は廊下の奥とのことだったが、
トイレの前を通り過ぎようとしたときに、
看護師さんが、「トイレに近いほうがいいですよね」 と
トイレのすぐ前の病室に急遽変更してくださいました。
病室が空いていたから出来ることだけど、ありがたい配慮です。
10時15分から、麻酔科の先生との予約が入っています。
何年前だったか・・・肘部管症候群の手術のときと同じ先生です。
そのあと、主治医の外科の先生から手術の説明を受けました。
『腹壁瘢痕ヘルニア』の手術は、
普通なら2時間もかからないらしいが、
たぶん癒着がひどいだろうから、時間がかかるだろうとのこと。
3時間になるか4時間になるか、お腹を開けてみないとわからないらしい。
それに、その過程で腸に穴が開いてしまい、腸液が漏れてしまったら、
感染症の心配からネットは入れられないとのこと。
そうなると、筋肉で蓋をすることになるが、
その腹筋も高齢のため、ほぼ無いようなものだし、
縫ったあとが弱いため、そこからまた・・・ってことになる。
腸の穴が完治してから再手術になるかも。ってことでした。
また、一時的に認知症が進んだようなことになるかもとのこと。
例えば、家族の顔もわからなくなるとか・・・
ただし、あくまで一時的らしいが
実家父、手術のこともよくわかっていないようで・・・
「どこも悪くない。」 「わしは、どこが悪いんや。」 と
この期に及んでも、理解していないみたいで、何度も言っていた
4月3日
手術は午後1時から。
姉・兄夫婦・S叔父さん(実家父の一番下の弟)が来てくれた。
手術室前の家族待合室はいっぱいだったので、病棟のほうで待つことに。
3時過ぎまで、S叔父さん・兄夫婦は待っていたが、
仕事もあり、帰ることになり、姉と二人で待つことに。
3時半過ぎ、
看護師さんが、手術が終わり、これからお迎えに行くと知らせてくれた。
病室に実家父が帰ってきたのは、4時くらいだった。
実家父は、観察室というのか、ナースステーション前の個室に入る。
処置が済んでから、主治医の先生から説明を受ける。
やはり少し腸に穴が開いたとのことだったが、
たいしたこともなく、ネットを入れられ、無事終わったとのこと。
もっと長く時間がかかるかと思っていたので、
2時間半なら順調に手術でき、早かったなという印象です。
実家父、麻酔は切れているが、
まだ朦朧としているのだろう、痛がっているし、
言うこともチンプンカンプン。
やはり、一時的な記憶障害になっているみたい
しばらく居たが、姉に任せて、私は帰りました。
4月13日
実家父、退院しました。
入院中、ずっとお腹が張って痛がっていました。
当然に食欲もなく、あまり食べられていませんでした。
が、検査しても術後の経過は異状なく、あとは日にち薬。
約1週間で抜糸もできました。
一時的な記憶障害も2・3日で解消しましたが、
抜糸したかどうかもわかっていませんでした
退院してからも、お腹の張りは続き、
食欲が以前と同じように戻るまで1か月くらいかかりました。
やはり高齢なので、回復に時間がかかるのでしょう。
食べられていないこともあり、体力もなくなったからか、
以前に増して、はぁはぁ言うことが多くなり、
退院後の受診時に循環器内科へ回され、
検査など受けるが、とくに不整脈など認められず、
何回かの受診後、
3か月に一度くらいのペースで定期的に受診することになりました。
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3月20日
実家父の受診日。
今回から、内科での甲状腺治療が安定しているので
甲状腺の薬を『物忘れ外来』の受診時に出してもらうことになっています。
最初に付き添いの家族が診察室に入り、先生と話し、
それから本人が呼ばれます。
実家母が亡くなったことを先生に伝える。
「亡くなったことをわかっているか」との問いに、
そこまではボケてないし・・・と
H先生、3月いっぱいで辞められるそうで・・・
『物忘れ外来』がなくなるそうです。
規模縮小になるのは以前に先生から聞いていたけど、なくなるのか
次からは『神経内科』で。
H先生、とっても良かったのに・・・
姉から、外科の診察を受けたほうがいいか訊いてみてくれと言われていたので、
お腹のことを話す。
以前からボコッと出ていたのは出ていたけど、
それが倍以上の大きさになってきたのだとか・・・
実家父、戦時中に盲腸になって、腹膜炎を起こし、
その痕が長年に渡り悪さをしていて、
10年以上前に、ここの病院で、『ヘルニア』の手術をして、
メッシュのネットを入れています。
そこがまた出てきたものと思われます。
外科に回してもらいました。
外科で、初めて倍以上になった瘤を見たのですが、
本当にびっくりするくらい大きくなっていました。
歳が歳なので、手術はできないかと思っていたのですが、
先生 曰く、「100歳でも手術を勧めます」と・・・
ネットの横から腸が出ていて、
ダムが崩壊するのと同じで、いっきに出てしまう可能性も。
そうなれば壊死が始まり危険。
今のうちに手術したほうがいいとのこと。
検査も必要で、副院長の診察を受けてもらうから、
22日か23日に来られるかと訊かれる。
明日21日は祝日で休みだから、
実質、明日か明後日に来いと言われているのと同じ。
そんなに緊急なの?
姉に電話し、ショートスティの予定など確認。
23日に来ることになる。
23日に検査するのかと思ったら、このあとに検査・・・
終わったら2時くらいになりました。
3月23日
外科診察
『腹壁瘢痕ヘルニア』の再発ということで、手術することになりました。
皮膚のすぐ下まで腸がきていて、
ちょっとぶつけただけでも、皮膚が破れて腸が出てしまったり、
中の腸が傷ついて穴が開いてしまったりする可能性が高く、
放置するわけにはいかないそうです。
CTと肺機能の検査が追加されましたが、
よくハァハァ言ってるからどうかと思ったけど、手術に支障はない模様。
4月2日入院・3日手術というスケジュールになりました。
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3月18日
実家母の四十九日の法要でした。
朝9時に、実家のお墓に行き、納骨しました。
それから実家で四十九日のお参りです。
実家の言葉では、仏壇を拝むことを
幼児語で「まんまんちゃん、あん」と言いますw
お葬式の喪主は実家父ではありましたが、
名義上だけで、実質は兄が執り行いました。(金銭面は、実家父と同居中の姉)
七日ごとのお参りも、仏壇は実家にあるので兄夫婦が。
お葬式に関する仏事の対応は、兄は今回が初めての経験。
わからないことも多いので、その都度、ご縁さん(僧侶)に訊いていました。
すると、実家父も
「初めてやし、わからんから、聞いといてや」と兄に言います。
いやいや、祖父も祖母も、実家父が送ったやん^^;
ここにいる誰よりも知ってたやん^^;
う〜〜ん。。。ここまでわからなくなるもんなんやなぁ・・・
認知症とは恐ろしいものだわ
実家は、浄土真宗大谷派なので、
分骨した遺骨を本山に納骨する本山納骨というのがあります。
なので、最初から骨壺は2つあり、
小さな骨壺には、本山納めのために『のどぼとけ』だけを納めてあります。
東本願寺の御影堂には、過去2回、祖父・祖母のときに行きました。
実家母の収骨(納骨)を、実家父の元気なうちに行くか、
いつになるかわからないけど、夫婦そろって一緒にでいいか・・・
なんにしても、1体12万円かかるらしいけど
とりあえず、一区切りです。
我が家では、交通安全の祈願は、
父の交通事故以来、毎年、晴明神社に参拝することになっています。
Tくんが、「早く行かないと事故する」と心配しているので、
桜の時期が終わったら行かないとなぁ〜
(混むので、お花見・紅葉の時期に京都には近づきたくありません)
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