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 きょうは勤労感謝の日ですから、研究にいそしんでおります(!?)
 研究仲間と研究の打ち合わせをしましたが、打ち合わせに向かう新幹線の中で聞いた音楽について、です。

 さて、今日聞いたのは第九です。第九というのは、もちろん、ベートーベンの交響曲第9番のことですから、ベートーベン作曲なのですが、いろんな人の編曲版があります。私が所有しているCDだけでも、マーラー版が2枚、ワグナー版、リスト版、ステンダー版、ストコフスキー版、近衛秀麿版があります。歌詞に関しては、本来ドイツ語ですが、英語版、日本語版(なかにし礼作詞)を所有しております。その他、楽譜自体は編曲を加えたものではないのでしょうが、解釈があまりに特殊なものとして、シェルヘン指揮の信じられないほど速い演奏、コブラ指揮の信じられないほど遅い演奏などなど、変わり種の演奏が多数あります。

 なぜこんなことになるかといえば、多くの作曲家や指揮者が「さらに良くしたい」という衝動に駆られるほどの魅力があるということと、にもかかわらずオリジナル版にあまりに問題が多いということでしょう。

 そんな中で、オリジナル版のオーケストレーションの稚拙さを改善したいと努力したのが、マーラー編曲版でしょうね。Peter Tiboris指揮/ブルーノ交響楽団でBridgeというレーベルからCDが出ています(BCD9033)。指揮者もオケもまったく聞いたことがありませんが、このCDを聴くと、マーラーがベートーベンのオリジナル版のどこが気に入らなかったのかがよくわかる気がします。キチンとスコアを見たわけではありませんので、CDを聴いての印象ですが、金管楽器による旋律線の補強が目立ちます。確かに第九は、ベートーベンの第九以前の作品に比べて、大規模な上に抽象的で、とっつきにくい部分が多いですからね。そういう意味では、マーラーが旋律線をはっきりさせたいと思ったとしてもわからないではないのですが、旋律ばかり目立って、逆に滑稽な気がすること個所もあります。特に第4楽章の二重フーガの部分、ソプラノの旋律をトランペットで補強しているのですが、これでは他の声部が単なる伴奏に格下げされた感じで、フーガになっていない気がします。フーガというのは遁走曲というくらいで、「もりのくまさん」のように対等な二つの旋律が追いかけっこをするのがいいわけですから。ただベートーベンは二つの追いかけっこが、複雑に絡み合うのが、この二重フーガのいいところなのですが、マーラーには気に入らなかったのでしょうね。でも、マーラーの交響曲なんて、この二重フーガよりも、さらに複雑な部分がたくさんある気がするんですが、どうなんでしょうね。マーラーとしては、複雑は複雑でも、ベートーベンの二重フーガは単なるカオスで、自分の曲はシステムとして統合されているということなのでしょうか。もっとも、マーラー編曲版の第九が演奏されることはほとんどありませんから、最近の指揮者の解釈では、複雑な原典版を複雑なままなんとかまとめあげようとするのがトレンドなのでしょうか。



 複雑なものを複雑なまま受け止めるか、すっきり整理するか。



 皆さんは、どちらがお好みですか!?



【追記】
=== ブログ引っ越し済みです → https://knhosoi.blog.fc2.com/ ===
当ブログは、2019年5月8日に、fc2ブログに引っ越しました!


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