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前から「恩師の言葉」というコーナーをブログに新設しようかなと思っていたのですが、どうも大げさなコーナーになりそうで躊躇しておりました。しかし、先日CMGJ先生と研究の打ち合わせをした際に「それはぜひやるべきだ」と言われまして、はじめることにしました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kn_hosoi_hue/24007774.html
さて、その第一回目ですが、お盆ということもありますし、故人をしのんで、学部時代の指導教員で明治大学商学部の江田三喜男先生にかけていただいた言葉をご紹介しましょう。
学部の4年生の春のこと。
ゼミで就職活動の話をしていた時のこと。これといって就職したい会社もなかった私は「せっかく勉強も面白くなってきたところだし、大学院で勉強してみるのもいいかなぁ」なんて、半分冗談で言ってみたのです。
すると江田先生に「ちょっと研究室においで」と言われまして、ついていくと洋書を何冊かポンと渡されまして「これから毎週ゼミの時間のあとに指導するから、この本を頭から訳せるだけ訳してきなさい」と言われました。
こんな風にして、何が起きたのかもわからないうちに、大学院への受験勉強が始まりました。
しかし、勉強を始めると、どんどん自信がなくなってくるのですね。
面白くなってきたはずの勉強が、苦痛になってきました。
細「先生、なんだか勉強すればするほど、自分が馬鹿なんじゃないかという気がしてきました。本を読めば読むほど、自分のオリジナルだと思っていたアイディアをとっくの昔に主張している人がいたり、一つの問題を解決するために別の問題を勉強しないといけないことに気がついたり・・・賢くなるどころか、何も知らないということがどんどんわかってきます。大丈夫なんでしょうか。」
江「それは賢くなった証拠だよ。ほんとに何も知らない人間は、自分が何も知らないことさえ気がつかないんだ。自分が馬鹿だと思えてきたら、賢くなってきた証拠だよ。」
ほっとしました。
なんだか、こう、力が抜けるというかなんというか。
「なんだ、そうか、私は賢くなったのか」と思わず笑顔になりました。
今にして思えば、ソクラテスの「無知の知」という話なのですが、当時はほんとに無知だったので、そんなこともつゆ知らず、江田先生賢いなぁとほんとに思いました。
この言葉をかけてもらえなければ、大学院には進学していなかったでしょう。
今日も「怠け者の節句働き」とか言いながら、今までやったことのない仕事に取り組んでいますが、この言葉がなければ、お盆返上で研究室に通う気力などでてきません。
そんなわけで、今日もまた、私は賢くなりました(苦笑)
※今日の写真は、江田先生と当ブログご常連のCMGJ先生。実は、江田先生と私が一緒に写っている写真って、持っていないんですね。撮影は2005年の11月。体調を崩して入院されたあと、一時回復されていたころのお写真です。
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