|
ベートーベンの第九のピアノ版、しかもあの大作曲家ワーグナーによる編曲版です。
そう言われると、誰でも興味津津と言うところでしょう。
しかし、このCD、完璧なCDとは言い難い。
演奏に問題があるというよりも、編曲に問題があるのです。素人の私が聞いても「ピアノという楽器がわかってないのではないか?」と思える部分が多々あります。たとえば、第一楽章の冒頭などは、ピアニスト泣かせの同音連打ではじまります。そうかと思うと、指一本でも弾けるのではないかと思うほど、いたずらに単純すぎる個所があったり、ピアノという楽器を活かしきっていない。
この点、おなじ第九のピアノ版でも、リスト編曲版は、違います。第一楽章冒頭の部分は、ワーグナー版のような同音連打ではなく、いろんな音を組み合わせて、まるで暗い海の向こう側からキラキラ輝く音の波が押し寄せてくるように仕上げています。リスト自身が偉大なピアニストでもあったこともあるのでしょう。ピアノという楽器の性能を余すところなく引き出しているように思えます。
ただワーグナー番の面白いところは、第4楽章の合唱を残したところでしょう。リスト版は第4楽章の合唱部分もすべてピアノに置き換えており、それはそれでピアニストの超絶技巧が楽しめる見事な編曲なのですが、やはり第九といえば合唱が聞きたい。
このワーグナー編曲版のこういう特性を考えると、このCD、見事に編曲通りの演奏になっているといえましょう。まず小川典子さんのピアノは、ワーグナーの稚拙な編曲に悩まされて、ものすごい努力は見えるのだけれど、やはりいまひとつ単調で退屈な演奏になってしまっているように思います。しかし、鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱は実に見事。ピアノだけのシンプルな伴奏に、小編成の合唱の透明感のある響きが見事にマッチしています。迫力という点でこそ大編成の合唱には負けるものの、合唱のうまさという点では、このCDを超えるものは無いでしょう。
と、まぁ、そんなわけで、良くも悪くも、ワーグナーの問題ある編曲に左右されているCDなわけですが、このワーグナーの編曲に関しては、あらゆる欠点を美談に変えてしまうような、面白いエピソードがあります。
なんと、この編曲、ワーグナーが17歳の時のものなのです。しかも当時のワーグナーは、苦学していて楽譜を買うお金もなく、図書館に通いつめて第九全曲を写譜したのだとか。第九といえば、今日の日本では年末の風物詩みたいになっていますが、当時はまだ演奏機会も少なく、それほど有名な曲でもなかったようです。そんな状況で、第九にほれ込んだ17歳のワーグナーが、多くの人にこの曲に親しんでもらおうと努力した結果が、このピアノ版なのだそうですよ。
やがてヨーロッパの音楽界に君臨する大作曲家となるワーグナーですよ。あのワーグナーだからこそ、多少の稚拙さはあるにしても、わずか17歳でこれだけの仕事ができると評価することもできるでしょう。そしてワーグナーのような大変な才能を持った人でさえ、17歳のときには、これだけの努力をしていたんですね。この若き日の努力が大作曲家ワーグナーを作り上げたわけですね。感動的ですね。
そんなわけで、ゼミ生諸君!
我々凡人は、クリスマス返上して卒論を書くくらいの努力は、当然必要だよね!
「私はワーグナーをはるかに超えるくらい大天才だ」という自信のある人は、クリスマス休暇をとってよろしい。
それ以外は、覚悟を決めて、卒論書きなさい。
|