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やあ、ものすごォい吹雪と大雪に歓迎された旅でした。
大乗寺の庫裏に入るまでの庭に、左右1メートルを超える雪の壁がそびえている、そのあいだを縫って行きました。予報では夜また積もるとのこと、予定を変えて(いつもは夕6時頃いったん宿に戻って夕食を摂って、また出かけ、10時頃まで座敷を拝見するのですが、今回は夜更けは自動車が難しいそうなので)夕食抜きで8時頃までぶっとうしで拝観することになりました。
じんじん冷え込む座敷で蝋燭の灯りに照らされる絵襖を見た体験も得難いものでした。身体の芯まで冷え切ったころ、副住職の奥さんがつくってくださった粕汁をいただき、みんな生き返りました。
今回、また新しい発見がありました。
それは「郭子儀の間」の役割とでもいったものです。
L字形に右から「孔雀の間」「郭子儀の間」「山水の間」が並んでいて、「郭子儀の間」は、「孔雀」と「山水」をつなぐ要の位置にあります。そして「孔雀」「山水」が金箔地水墨なのに対して、「郭子儀」だけは、金箔地彩色です。
なぜ彩色なのか。
さらにもっと大きい疑問で、今まで解けなかったことは、なぜ「郭子儀」の襖には背景が描かれていないか、ということでした。そして、彦根屏風とかの應擧以前のそんな例との流れで理解しようとしていたのでした。
今回、「郭子儀の間」に入ると、副住職の山岨さんは、サッと「山水」に通じる襖を開け、灯りを「山水の間」の一番奥の違い棚の下の湖に突き出た岩の絵がよく見える位置に置いたのです。これは、あまりにもドラマチックな演出でした。
この違い棚に限らず、「山水」の奧の障壁に描かれている風景は、「郭子儀」の背景の役割を果たしていたのです。
同時に、「孔雀の間」に通じる子供たちが遊んでいる襖の図の背景は、「孔雀の間」の松と孔雀の風景の襖がその役を演じていることを確認できました。
しかし、驚いたことには、郭子儀の孫たちの背景となる松の襖には「稚松」つまり子供の松が描かれてあるのです。
「郭子儀の間」の人物が彩色で大きく描かれているのは、「郭子儀の間」がつねに近景として見られる場であるからと考えられます。この三つの部屋のつながりのなかで、「郭子儀」はいつも背景に対する近景の役割もしているということです。
今まで何回となく訪ねて、いつも襖を閉め切って、その部屋の空間に閉じ籠って、絵を(空間をつくる絵を)観ようとしてきました。閉じ籠るという行為に、やはり近代人の「みる」ことへの執着を棄てきっていなかったのか、と反省します。すべてを眼で見ることさえできたら絵は鑑賞できると考える、美術館の上から隈なく光を当てる照明方法を批判して、暗がりの見えない情況でこそ感じとる大切さを身につけたつもりでいたのに……。
「郭子儀の間」の襖の反対側は、それぞれ「山水」と「松」が描かれているわけで、三つの部屋の絵を同時に「見る」ことはできません。それどころか、「郭子儀」の部屋の襖を開けて、その背景の「山水」を見ようとすると、「郭子儀」の部屋に描かれている絵=像は見えなくなるのです。しかし、そうして見えない/あるいは見えにくいなかで、さっき見た郭子儀や孫たちは背景を得て生き生きと蘇りました。
みなさん、今度大乗寺を訪ねられたら、ぜひこの発見を体験してください。
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ラスコーの報告が遅くなりましたが、今日ようやく掲載することができました。
長くなりました。洞窟を訪ねたときのスケッチも入れてみました。しかし、やはりボクのスケッチでは、本物の力強い生き生きとした線・姿はのってきません。あしからず。
ま、これで今年のABCは冬休みです。
どうぞよいお正月をお迎えください。
12月24日 クリスマスイヴの夜
木下長宏
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