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尹東柱(その3)
「序」詩を当日配布した資料では、ハングルの原詩と、六種類の現在手に入る日本語訳を並べてみました。ブログではハングルは載せられませんので、ともかく日本語訳の問題点を拾う形で順次紹介していきたいと思います。
まずとりあげるべきは、本邦初訳の伊吹郷訳(1984)。
死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱(はじ)なきことを、
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心痛んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば
今宵も星が空に吹きさらされる。
まず「空」とやっているところですね。誤訳とまでは言いませんが、他の5人の訳者、つまりその後の訳者はみんな「天」を選んでいるということだけは指摘しておきましょう。つまり、その後の訳者はおそらく尹東柱の詩の文脈から考えて、「空」という日本語で訳してしまう物足らなさに気づいているということでしょうか。
次の「恥辱(はじ)」もそうですが、伊吹訳は総体に日本語に対する思いこみというか、自分好みの偏り、いいかえれば批判性の欠如が出過ぎているようで、尹東柱の原文は「プックロミ」=「恥かしさ」で、わざわざ「恥辱(ちじょく)」という硬い漢語を選んでそれに「はじ」というルビを打たなきゃ意味が汲みとれない詩句ではありません。
訳者が自分の好みで日本語を選んで尹東柱の原詩に押しつけたとしかいいようがなく、その結果、原文の平易な言葉遣いから生まれてくるやさしい詩の姿がいかにも、ものものしくなっています。そのものものしさが始めにあって、結びの一句、「今宵も星が風に吹き晒される」の「吹き晒され」(これも問題の多い議論すべき訳)と呼応しています。
その意味では日本語の詩としてそれなりの統一感とメッセージを持った訳となっているといえます。しかし、尹東柱のもとの詩からは、離れてしまいました。茨城のり子さんが、この伊吹訳詩を引用して尹東柱をたたえていましたが、茨城さんは原詩との比較を怠ったのでしょう。
この伊吹訳で、一番の問題点は、六行目の「生きとし生けるものをいとおしまねば」です。原文は「すべての死んでいくもの(物事)を愛さなくっちゃ」(原文は「愛さなければ」というよりもっと日常的な用語のニュアンス)です。
「生きとし生けるものを」に「死んでいくもの」も含んでいるから別に問題にするほどのことはなかろう(A)という訳者側の反論があるかもしれません。それに「生きとし生けるものを・・・」という句はなかなか響きもいいし、心に沁みこむじゃないか(B)という声も聞こえそうです。
(A)の意見は開き直り以外にはないので、問題外ですね。尹東柱はここでは「生きようと願って精一杯がんばって、もの〔人間も動物も植物もいや石も川も、というべきか〕を愛しまねば」と思ってここの一句を書いたのではない、過ぎ去って逝ってしまったもの〔物事〕への哀惜をこめて「すべて死んでいくものを愛さなくっちゃ」と書き付けたのです。
伊吹訳のこの部分が誤訳であることは、尹東柱を研究している人たちのあいだではもう定説になっていて、その後の訳者は同じ撤を踏みません。みんな「死に行く」か「死んで行く」としています。(「すべての絶え入るものを・・・」と一寸気取った訳をしている人も一人いましたが、金時鐘訳。)
なぜ、伊吹氏は「すべて死んで行く者を」としか読めない部分を「生きとし生けるものを」と訳したのか、これについて考えておく必要があります。
それが(B)の意見にもとづいているからです。そこでなぜこの「生きとし生けるもの」という語句が響きよく心に沁み込むのか、を問題にしなければなりません。その議論は、ボクはすでに『死ぬ日まで天を仰ぎ・・・』(日本基督教出版局)でも京都造形大通信教育部教科書『文芸論』ででもやっているので、また繰り返すことになりますが、この「生きとし生けるもの」という一句はじつに一千年ものあいだ「日本人」に愛されてきた一句だからです。
これは、「古今和歌集」の「序」(かな序)に紀貫之が書いていたのです。日本の詩の起源を語るものとして、「生きとし生けるもの、いずれか歌を読まざりける」というところ、それが後世口ずさまれつづけて、われわれ日本語の詩を愛する人びとの心と脳の襞に沁みこんだ言葉となっていったのです。
伊吹氏はきっとここは「生きとし生けるもの」だ、となにげなくまるでインスピレーションに打たれたようにこの一句を選んで「すでに死んで行く者に」に代えたのでしょう。それが陥し穴でした。
尹東柱は圧倒的に暴力的に押しつけてくる日本語の強制にひそやかに抵抗して、自分たちの民族の言葉で詩を書こうとしていたのです。もちろん、東柱は日本語を愛していたと思います。日本語の抒情詩やフランス近代詩の日本語訳、哲学書などいっしょうけんめい読んでいました。
しかし、そうして日本語を愛し、日本語から学びながら、その日本語が母国の言葉を踏みにじっていくのを護ろう、それだけは誰にもさせまいとハングルで詩を書いていたはずです。
そんな一句を、そしてその一句にこめたまごころを、日本人が日本語生活者である故の身勝手さから踏みにじっているのが、この「生きとし生けるもの」なのです〔訳者は無意識の裡にそうやっています。だからこそ恐いし、より罪深くさえあるのです〕。
1987年でしたか、かつて尹東柱が学んだ同志社大学の構内に尹東柱の碑が建てられました。その碑に選ばれたのが、この「序」だった。それは当然といえます。なによりもまず、尹東柱といえばこの「序」詩です。
しかし、その文面は伊吹訳だったのですから、ちょっと首を傾げたものです。というのも、その「尹東柱詩碑建立委員会」が記念に本を出していて、そのなかでは「生きとし生けるもの」を批判した別訳を載せているからです。それを紹介しておきましょう。
死ぬ日まで 天(そら)を仰ぎ
一点の恥ずることなきを、
葉あいを 縫いそよぐ風にも
わたしは 心痛めた。
星を うたう心で
すべて 死んでゆくものたちを愛(いとお)しまねば
そして わたしに与えられた道を
歩みゆかねば。
今宵も 星が 風に????むせび泣く。
必要以上に語と語のあいだに空白(アキ)を置いているのも気になりますが、せっかく「生きとし生けるもの」ではなく「すべて死んでゆくものたち」としたのはよかったと思いつつ、最後の「むせび泣く」に来て、あっと驚いてしまいました。この最後の一行をどう訳すか、これこそこの詩の訳の作業の最大の難関です。
その議論に入る前に、「生きとし生ける」がいまだに使われている恥ずかしいというか、情けない例を、もう一つ指摘しておくべきかと思います。ごくごく最近ボクも知った話で、「Y」のテーマとして7月22日に尹東柱の話をしていたときにはボクも知らなかったニュースです。京都造形芸術大学(かつての京都芸術短期大学)のあの高原校舎に尹東柱の碑が建ったというのです。
その建物のことを書いて尹東柱を偲んだボクとしては、かつて働いて給料をもらっていた大学が、その尹東柱との縁を記念する碑を建てるのか、と、そこまでの話なら喜んで終わらせたかったのですが、詳しい内容を知って驚いた、というかまったく情けなくなってしまいました。
というのは、その碑に選ばれた詩がまたもや「序」で、しかも伊吹訳だったのです。その大学の通信教育部の教科書にボクがあの日本語の誤り(とそ罪深さ、尹東柱自身に対する背信)を書いているのに、通信教育で勉強した人たちから疑問も反論も出ないのも情けない(ボクはなんのために、誰のためにあの教科書を書いたのだろうって腕を組んで悲しくさえなりました)。
それに、碑を建てた人たちが、尹東柱のことをこれほども勉強しないで、ただ碑さえ建てたらいいとお祭り騒ぎをやっているのは、ほんとに情けない限りです。その選んだ詩がわりと近くにある同志社の碑と同じ誤訳の詩であることは、同じのを選んでいるというだけでもまるで尹東柱の詩はこれしかない、これしか知らない、というようで恥ずかしいし、さらにそうしてわざわざ選んだのが誤訳で、尹東柱自身の気持ちを逆なでする日本語なのですから。「一点の恥もないことを」という詩を挙げて恥を晒しているとしかいいようのない。滑稽ですらあります。
これが現代の日本の知的現状なのでしょうか。(つづく)
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