木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

全体表示

[ リスト ]

尹東柱(その6)

「尹東柱詩抄」(金柔政訳 2006)

『天(そら)と風と星と詩』

死ぬ日まで天(そら)を仰ぎ
一点の恥もないことを、
一枚の葉にそよぐ風にも
ぼくは心を痛めた。
星をうたう心で
すべての死んでゆくものを愛さなくちゃ
そしてぼくに与えられた道を
歩んでいかねば。

今夜も星が風にそっと触れてゐる。
 (一九四一、十一、二〇)


自画像

山の緑を巡り田圃のそば人里離れた井戸を独り尋ねてはそっと覗いてみます。

井戸の中には月が明るく雲が流れ天(そら)が広がり青い風が吹いて秋があります。

そして一人の男がいます。
なぜがその男が憎くなり帰っていきます。

帰りながらふとその男が哀れになります。引き返して覗いてみると男はそのままいます。

またその男が憎くなり帰っていきます。 帰りながらふとその男が恋しくなります。

井戸の中には月が明るく雲が流れ天(そら)が広がり青い風が吹いて秋があり追憶のように男がいます。
 (一九三九、九)

少年

あちこちでもみじのような悲しい秋がぽたぽた落ちる。もみじの抜け落ちた所々春を整えておいて梢に天(そら)が広がっている。じっと天(そら)をのぞいて見ると青い絵具がにじむ。両手で温い頬をさすってみると手の平にも青い絵具がにじみ出る。もう一度手の平をのぞいて見る。手相には清らかな川が流れ、清らかな川が流れ、川底には愛のように悲しい顔???美しい順伊(スニ)の顔が浮かぶ。少年は恍惚と目を閉じてみる。それでも清らかな川は流れ愛のように悲しい顔???美しい順伊の顔は浮かぶ。
(一九三九)
雪降る地図

順伊が去ると言っていた朝、言葉を失った心に牡丹雪が舞い、悲しいような窓の外、はるか広がる地図の上を覆う。
部屋の中を見渡してもだれもいない。壁と天井が白い。部屋の中まで雪が舞っているのだろうか。本当にきみは失われた歴史のようにひらひらと行ってしまうのか。
きみが去る前に言っておきたい言葉があったのに手紙を書いてもきみの行く場所を知らず、どこの街、どこの村、どこの屋根の下、きみはぼくの心の中だけに残っているのか。きみの小さな足跡を雪が降り続け覆い隠し、ついていくこともできない。雪が解けたら残された足跡ごとに花が咲くだろうから花と花の間で足跡を探して行けば一年、十二ヶ月、いつもいつもぼくの心には雪が舞うだろう。 
(一九四一、三、一二)

帰ってくる夜

世の中から帰ってくるように今、ぼくの狭い部屋に帰ってきて明かりをつけます。明かりをつけておくのはあまりにも疲れることです。それは昼の延長である故???

今窓を開け、空気を換え入れようと、そっと外を見渡しても、部屋の中のように暗く、まるでこの世の中みたいで、雨に濡れ帰ってきた道がそのまま雨の中で濡れております。

一日の鬱憤を洗い流せなくて、そっと目を閉じれば心の中に流れゆく音、今、思想がりんごのようにひとりでに熟れてゆくのであります。 
(一九四一、六)

病院

杏の木陰に顔を隠し、病院の裏庭に横たわって、若い女が白い洋服の下に白い脚をのぞかせながら日光浴をしている。日が暮れても胸を痛めているというこの女を訪れる者、一羽の蝶々すらいない。悲しくもない杏の小枝には風さえもない。

ぼくも知らない痛みを長い間耐え忍んだけれど始めてここを訪れた。だけどぼくの老いた医者は若者の病を知らない。ぼくには病がないと言う。この過度の試練、この過度の疲労、ぼくは怒ってはいけない。

女はその場から立ち上がり襟を直して、花壇から金盞花を一束摘み、胸に挿し病室の中へ消えていく。ぼくはその女の健康が???いや、ぼくの健康も早く回復することを願いながら、彼女の横たわったところに横たわってみる。 
(一九四〇、一二)

新しい道

川を渡り森へ
峠を越え村へ

昨日も行き今日も行く
ぼくの道 新しい道

たんぽぽが咲き カササギが飛び
若い娘が通り 風がそよぎ

ぼくの道はいつも新しい道
今日も…… 明日も……

川を渡り森へ
峠を越え村へ  
(一九三八、五、十)


看板のない街

停車場のフラットホームに
降りてきたとき誰もいなく、

みんなお客さまたち、
お客さまのような人々ばかり

家々に看板がなく
家を探し回る心配がなく

赤く
青く
燃え立つ文字もなく

角々
慈愛なる古い
灯りを燈しておき、

手首を握れば
みな、やさしい人々
みな、やさしい人々

春、夏、秋、冬、
順々に廻ってゆき、 
(一九四一)

太初の朝

春の朝でもなく
夏、秋、冬、
そんな日の朝でもない朝に

赤い赤い花が咲いた、
陽の光が青いのに、

その前日の夜に
その前日の夜に
すべてがととのえられた。

愛は蛇とともに
毒は幼い花とともに

また太初の朝

まっ白に雪が積もって
電信柱がひゅうひゅうとなき
神様のお言葉が聞こえてくる。

何の啓示だろう。
はやく
春がきたら
罪を犯し
眼が
開き

イヴが出産する苦労を果たせたら
無花果の葉っぱで恥部(はずかしいところ)をかくし

ぼくは額に汗を流そう。  
(一九四一、五、三一)


夜明けが来るまで

皆死んでゆく人々に
黒い服を着せなさい。

皆生きてゆく人々に
白い服を着せなさい。

そして一つのベッドに
並べて寝かせなさい

皆泣くならば
乳をあたえなさい

いまに夜明けが来れば
らっぱの音が聞こえてくるでしょう。
(一九四一、五)

恐ろしい時間

そこ、ぼくを呼ぶのは誰です、

柏(カラン)※葉が緑(あお)くなってくる木陰だけど、
ぼくはまだここに呼吸が残っています。

一度も手をあげてみることができなかったぼくを
手をあげ指し示す天(そら)もないぼくを

どこにぼくのこの身を置く天(そら)があって
ぼくを呼ぶのですか。

仕事を終えぼくの死ぬ日の朝には  
悲しくもない枯(カラン)葉が散るだろうに……

ぼくを呼ばないで下さい。  
(一九四一、二、七)

十字架

追いかけてきた陽の光なのに
今教会堂の尖端
十字架にかかりました。

尖塔があんなにも高いのに
どうやって登ってゆけるでしょう。

鐘の音も聞こえてこないのに
口笛でも吹きながらぶらぶらしてから、

苦しんだ男、
幸福なイエス・キリストへ
のように
十字架が許諾(ゆる)されるならば

首を垂れ
花のように咲き出す血を
たそがれゆく天(そら)の下に
静かに流しましょう。  
(一九四一、五、三一)

風が吹いて

風がどこから吹いてきて
どこへ吹かれていくのだろう、

風が吹くけれど
ぼくの苦しみには理由がない。

ぼくの苦しみには理由がないのだろうか、

たった一人の女を愛したこともない。
時代を悲しんだこともない。

風が絶えず吹くけれど
ぼくの足が磐石の上に立つ。

川が絶えず流れるけれど
ぼくの足が丘の上に立つ。
(一九四一、六、二)
 
悲しい民族

白い手ぬぐいが黒い髪をまとい
白いゴム靴※が荒れた足にかかる。

白いチョゴリとチマ※が悲しい体をおおい
白い紐が細い腰をきゅっと締める
 (一九三八、九)


目を瞑って行く

太陽を思慕う子どもたちよ
星を愛する子どもたちよ

夜が深いけれど
目を瞑って行きなさい。

持ち合わせの種を
まきながら行きなさい。

足もとに石が蹴られたら
瞑った目をぱっと開けなさい。
(一九四一、五、三一)

もうひとつの故郷

故郷に帰ってきた日の夜
ぼくの白骨がついてきて同じ部屋に寝ころんだ。

暗い部屋は宇宙へ通じ  
天(そら)からか音のように風が吹いている。

闇の中でやさしく風化作用する
白骨をのぞき込みながら
涙するのはぼくが泣いているのか
白骨が泣いているのか
美しい魂が泣いているのか

志操の高い犬は
夜を徹して闇に吠える。

闇に吠える犬は 
ぼくを追い出しているのだろう。

行こう行こう 
追われる人のように行こう
白骨に知られないよう
美しいもうひとつの故郷へ行こう。
 (一九四一、九)



失くしてしまいました。
何をどこで失くしたのかわからず
両手がポケットを探り
道へ出かけていきます。

石と石と石が果てしなく続き
道は石垣をはさんで続いています。

垣は鉄門をしっかりと閉め
道の上に長い影を落とし

道は朝から宵へ
宵から朝へと通りました。

石垣を探り泪してふと
見上げれば天(そら)は恥しいほど青いのです。
草の一株もないこの道を歩くのは
垣の彼方にぼくが残っている故で、

ぼくが生きるのは、ただ、
失くしたものを探している故です。
(一九四一、九、三一)

星かぞえる夜

季節が過ぎてゆく天(そら)には
秋でいっぱいに溢れています。

ぼくは何の心配もなく
秋の中の星たちを全部かぞえられそうです。

胸の中ひとつふたつと刻まれる星を
まだ全部かぞえられないのは
すぐに朝がくるからで、
明日の夜が残っているからで、
まだぼくの青春が尽きていないからです。

星ひとつに 追憶と
星ひとつに 愛と
星ひとつに 寂しさと
星ひとつに 憧憬と
星ひとつに 詩と
星ひとつに お母さん(オモニ)、お母さん(オモニ)、

お母さま(オモニム)、ぼくは星ひとつに美しい言葉をひとつずつ呼びかけてみます。小学校のとき机を一緒にした子供たちの名と、佩(ペ)、鏡(キョン)、玉(オク)、こんな異国の少女たちの名と、今はもうみどり児の母になった少女(おなご)たちの名と、貧しい隣人たちの名と、鳩、子犬、ウサギ、らば、鹿、「フランシス・ジャム」、「ライナー・マリーア・リルケ」 こんな詩人の名を呼んでみます。

このひとたちはあまりにも遠くにいます。
星がはるか遠いように、

お母さま(オモニム)、
そしてあなたは遠く北間島(フッカント)におられます。

ぼくは何か恋しくて
このたくさんの星明りが降り注ぐ丘の上に
ぼくの名前を書いてみて、
土でおおってしまいました。

夜を明かして鳴く虫は
恥しい名を悲しんでいるからです。
(一九四一、十一、五)?
だけど冬が過ぎ ぼくの星にも春がくれば
墓の上に青い芝草が萌えるように
ぼくの名前が埋もれた丘の上にも
誇らしく草が生い茂るでしょう。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事