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Z=張彦遠(その2)
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張彦遠 Shong Yanyuan は唐の時代の人ですが、生没年もはっきりしません。元和10(815)年ごろに生まれ、乾符元(874)年かそれ以降に没したと考えられています。
唐王朝の貴族、名門一族に生まれ育ったことは、その著書『歴代名画記』のなかに書かれています。祖先は絵画や書の大変な所蔵家だったのだけれど、張彦遠が幼い頃、宦官(かんがん:古代中国の宮廷に仕えていた去勢された役人で、低い地位の割に政府を動かすほどの実力を発揮した存在でした)に謀られてその貴重なコレクションが宮廷の所蔵に帰した、と書いています。
その著者ですが『歴代名画記』と『法書要録』が主著として伝わっています。詩集などもあったとされていますが、刊本も断片も伝わっていません。ほかに『榻本楽毅論記』とかものこしています。また『名画猟精録』全三巻という著書があり、これは『歴代名画記』の初期稿ともいえるもので、この翻刻は後で紹介する谷口鉄雄編『校本歴代名画記』(中央公論美術出版1981)に収録されています。
『法書要録』は日本では出版されていません。なんといっても張彦遠といえば『歴代名画記』で、この本は日本では古くから知られていました。大正4(1915)年、今関寿麿という人が『東洋画論集成』上・下全二冊の分厚い本を出しています(読画書院、のち覆刻版が1979年講談社)。この巻頭に『歴代名画記』の初めの部分が収められています。そのテクストは、江戸時代の人が漢籍を読むとき、声を挙げて朗誦しました、そんな漢文読み下しの文体で収録されていて、原文の漢文は載せられていません。
その後、アンソロジーはいくつか出ていますが、全文を訳し註を入れたものは、1938(昭和13)年、岩波文庫(小野勝年訳註)から出ました。この岩波文庫版は、前半に読み下し文が収録され、後半に原文(漢文)が納められています。
平凡社の東洋文庫に『歴代名画記』全二冊(長廣敏雄訳註)が入るには1977(昭和52年)。この本はまず読み下し文を置き、さらにそれを現代日本語にかみ砕いて、そのあと解説註釈をしていますが、原文テクストは入っていません。
原文テクストの註釈を徹底的に試みたのが谷口鉄雄編『校本歴代名画記』(中央公論美術出版、1981〔昭56〕年です)。しかしこんどは逆に漢文の原文のみで、一般の読者には読めない専門書になってしまいました。
そのほかのアンソロジーにしても、読み下し文であれば日本語の判る人は読めるだろうという構えで貫かれていて、なかなか「現代」の日本語使用者にはとっつき難い本になってしまいました。平凡社の東洋文庫には読み下し文のつぎに現代日本語訳をつけているのに、その日本語が、テニヲハを現代風にしたというだけで、原文に出てくる漢字熟語などもそのまま。これでは「現代日本語」とはいえないと思います。
そこで、いまや新しく現代日本語に翻訳し直した『歴代名画記』が必要なときにきているという気がします。その理由は、この本は中国唐時代に書かれた絵画論で、東洋画論、東洋芸術論としては意義深い本かもしれないが、内容は現代にはふさわしくない、というのではなく、現代??ポストモダンを通過し、ヨーロッパ近代文明の崩壊を経験した現代にあって、あらためて「芸術とはなにか」、われわれの過去の遠い時代にどんな遺産があったのか、それは現代にあってどんな意味を持つのかを考え学ぶのに、非常に重要な書物であると思うからです。
そのためには、これまで公刊されてきたような中国学者による漢文読み下し風のテクスト(結局漢文の教養を身につけていないと読めない文)で事足れりとするのではなく、もっと原文を現代の日本語の地平へ呼び込んだ『歴代名画記』を共有しなければならないという気がします。そこで今回のABCでは、時間の許す限りそういう試みをやってみました。そのときお配りした『歴代名画記』の巻頭(この本のいちばん有名なところ)の、木下による「新訳」をブログに掲載しようと思います。が、その前に、『歴代名画記』の内容をざっと紹介しておく必要があります。
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『歴代名画記』全十巻は、つぎのような構成です。
『歴代名画記』目次
(1)巻一 画の源流を叙ぶ
(2) 画の興廃を叙ぶ
(3) 歴代能画の人名を叙ぶ
(4) 画の六法を論ず
(5) 山水、樹石を画くを論ず
(6)巻二 師資伝授と南北、時代を叙ぶ
(7) 顧陸張呉の用筆を論ず
(8) 画体、工用、搨写を論ず
(9) 名価と品第を論ず
(10) 鑑識、収蔵、購求、閲署を論ず
(11)巻三 古よりの跋尾と押署を叙ぶ
(12) 古今の公私の印記を叙ぶ
(13) 装背と標軸を論ず
(14) 両京、外州の寺観の画壁を記す
(15) 古の秘画を述ぶ
(16)巻四〔歴代能画の人名を叙ぶ〕
一軒轅の時、周、斉、秦、漢、後漢、魏、呉、蜀
巻五 晉
巻六 宋
巻七 南斉、梁
巻八 陳、後魏、北斉、後周、隋
巻九 唐朝上
巻十 唐朝下
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頭に( )入りでつけた数字はボクが便宜上つけたものです。
(8)の巻四以下は(3)で「歴代能画の人名を叙ぶ」(優れた画家の名前を挙げて説明する)と題して挙げた、古代(歴史の始まり)から張彦遠の同時代までの画家373人のうち371人をとりあげ紹介します。原本はタイトルがつけられていないので〔 〕で括っておきました。
この巻四(16)と(14)の「両京(西京=長安と東京=洛陽)、および外州(都の外)にある寺院の壁画について」と(15)「古(いにしえ)の秘画と珍画(貴重な名画)について述べる」(註)が、まさに「作品のない美術史」です。すでに作品はこの世から消えてしまっているのだけれど、その作品と画家たちの凄さすばらしさについて、その張彦遠の記述から汲み取れるかぎりのことを汲み取りたいと思います。このときこそ、われわれの想像力がいちばん発揮されなければならないし、発揮されることによって、「美術史」だけでなく現代における「制作」の現場を生き返ってくると思います。
今回のABCでは、この巻四をじっくり読む、いいかえれば巻四の新訳を試みるところまでいきませんでしたが、いつかやってみたいと思っています。
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(註)この「古の秘画と珍画を述ぶ」は一章として立てるより(14)のなかの一節として扱ってもよく、どちらをとるかそれ自体研究者の間では議論できそうですが、とりあえずボクはこの章を独立した章として数えておきます。
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さて、次の(その3)では、『歴代名画記』の全体の略要を紹介することにしましょう。
(つづく)
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