木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

全体表示

[ リスト ]

「異時同図法」をめぐって〈その2 日本編〉その1
                   ☆
前回は、ヨーロッパ絵画の「異時同図法」を眺めましたが、「異時同図法」を《一枚の画面の中に登場する人物が二度三度描かれ、その人物の行動の時間の経過(物語)が描かれていること》と定義すると、聖エカテリーニ礼拝堂やパナギア・アシヌウ聖堂、ジョットーのスクロヴェーニ礼拝堂に描かれている一連の「ラザロの復活」の絵は、厳密な意味で「異時同図法」を完成させているとはいえない、むしろ、それは、ジョットーの後の世代の画家マザッチオの「貢の銭」に見事に成就しているのでした。
マザッチオのあの絵は、ちょうどあのころ誕生した「一点透視図法」の技法を実現した初期ルネサンスの絵画として有名ですが、その中で、彼はマタイ伝の物語を「異時同図法」を使って描いたのでした。
ただ、ヨーロッパの絵画史では、このマザッチオをいわば頂点にして、もはや一枚の画面の中に時の経過を物語る場面をいくつか描く「異時同図法」は後退消滅して行きます。そのわけは、ルネサンス以降のヨーロッパ絵画の技法と思想の中心となる「パースペクティブ(一点透視図法)」の考え方と「異時同図法」の方法とは、「時間」を「空間化」する方法として、相容れることができない、むしろ相対立しあう技法であり、思想であったからです。
その後のヨーロッパ絵画は、パースペクティブの技法を絵画の思想として(つまり、この方法が最も理性的であり、科学的であったので)、一途に展開し、ついに「一瞬」を描くことによって、その「一瞬」の場面(画面)に現象の本質―出来事の全てを描き切ろうと考えるようになっていきます。レンブラントの「ラザロの復活」は、その最も見事な例です。「一瞬」を描いた画面にすべてが凝縮されているというわけです。これは、空間のとらえ方としての「一点」透視図法が、その「一点」を通して、立体としての世界の全体像を描き切る、それも平面にとらえ切るという空間の捉えかたを時間の捉えかたへ適用しているわけで、ここにヨーロッパ近代の「時間」を「空間化」する技術の成熟がみられるというわけです。
マザッチオは、相対立する技法を一つの絵画に成就させているという意味で、近代(一点透視図法)と古代(異時同図法)がみごとに同居した、きわめて稀有な貴重な作品だったのです。

―1―
日本という場では、「異時同図法」はどんな展開をみせるでしょうか。もちろんこれは、中国から朝鮮を経て輸入されてきた技法ですが、その経過も〈日本〉にある作品の中にみることができるので、ここでは日本の作品に限定してみていくことにします。
法隆寺に「玉虫厨子」とよばれてきている仏壇があります。高さ233.3?、上部は仏様が安置されていた龕(がん)です。宮殿のような屋根と柱と扉を備えた建物で、大化5(649)年頃造られたと考えられており、これは現在、飛鳥時代の建築の姿を遺している唯一のミニチュアといえます(法隆寺も飛鳥時代の建物ですが、天智9(670)年全焼し、その後再建されていますから)。玉虫厨子の仏龕の中の当初の仏像はなくなっていますが、厨子は総体当時のものです。その柱や長押(ナゲシ=柱をつなぐ水平材)、貫(ヌキ=柱と柱を貫いて渡した材木)、そのほか、宮殿を支える基壇(キダン)の側面、基壇の下の台(須彌座〔シュミザ〕)、台の足の部分、框(カマチ=須彌座の周囲につけた枠木)などに金銅(金を焼き付けめっき〔鍍金トキン〕した銅)透彫(スカシボリ)にした金具が貼られています。そしてその透彫金具の下にびっしりと玉虫の羽根が敷き詰められていました。いまはもちろん、それも遺っていないのですが、かつては怪しげな光を放っていたのでしょう。ともかくこの玉虫の装飾で「玉虫厨子」と愛称されていました。
その須彌座の腰板(コシイタ=四面ある板状の囲い)の一枚に、「捨身飼虎図(シャシンシコズ)」という絵が描かれています。
漆と密陀僧という一酸化鉛の絵具で描かれているというのが、現在の通説です(つまり、その後の日本で盛んに描かれる画材、墨や岩絵具で描かれていないということです)。この須弥座の絵も厨子制作時のものと考えられます。
その一枚が「捨身飼虎図」なのです。釈迦になったシッダルダ王子の前世の物語(そういうのを本生譚〔ホンジョウタン〕といいます)で、シッダルダ王子は前生、摩訶薩捶(マカ・サッタ)という王子でした(釈迦ともなろう人は前生も王子なんですね)。そのサッタ王子が山道を行くと、お腹を空かせた母子の虎がいて、その餓えた母子虎を憐れに思ったサッタ王子は、虎の母子の前に身を投げ、餓えを救ったという説話。それを絵にしたものです。
岩壁の上で服を脱ぐサッタ王子、崖から落ちていく王子(まるでダイビングをしているようです)、そして虎の母子の前に身をさらし、まさに喰われようとしている王子―――の三つの場面が一枚の画面(65×35.7?)に描かれています。まさに「異時同図」です。
それにしても、虎に身体を喰われるというのは、のちの肉食を禁じ、すべての生きとし生けるものの生命を尊び、慈悲を最も大切な心の拠りどころとする仏教としては、ひどく残酷な場面ですが、飛鳥時代は、とても血腥い時代ですから、こんなあイメージもすんなり受けいれられたのかもしれません。
このサッタ王子の「捨身飼虎」物語の絵は、古くから絵解きに使われていたようで、3世紀の印度のマトゥーラの浮彫にもあり、キジル(中央アジアの石窟)の壁画(5〜7世紀)にもあり、敦煌の428窟(5〜6世紀)にもあります。龍門(リュウモン=中国河南省にある石窟、6世紀)や鞏県(キョウケン同じく河南省6世紀初め)などにもあり、これらはみな玉虫厨子より早い例です。こうした伝統の上に、玉虫厨子の「捨身飼虎図」が描かれています。
一枚の画面のなかに、三つの場面が一つ一つ、単位をつくりながら描き分けられ、それぞれの場面も、とくにサッタ王子の姿など、太い輪郭に縁取りされてきちっと描かれています。
二つ目の例は、「信貴山縁起(シギサンエンギ)絵巻」にある「異時同図法」です。
「信貴山縁起絵巻」は、作者が誰かわかりませんが、三巻から成り、上巻は「飛倉(トビクラ)の巻(マキ)」あるいは「山崎長者の巻」とも呼ばれている(高さ31.7?×長さ878.3?)、中巻は「延喜加持(エンギカジ)の巻」(31.7?×1280.6?)で、下巻が、「尼公(アマギミ)の巻」(31.7?×1424.5?)です。三巻通しての主人公が命蓮(ミョウレン)というお坊で、上巻ではお米の倉を飛ばす念力(法力)を発揮し、中巻では延喜の帝・醍醐天皇の病気になったとき、命蓮が剣の護法で快癒させる話。下巻では、命蓮の姉の尼公が、信濃の国からはるばる大和の信貴山にいる弟を訪ねて巡り合う話。上巻には詞書がないのですが、これは多分後世欠け落ちたのではないかと思います。巻物の長さが三巻中一番短いのも(下巻の約三分の二)そのせいでしょうか。
「異時同図法」の問題としては、下巻に二カ所出て来ます。まず、姉の尼公が弟を訪ねて奈良へやってきて、東大寺の大仏殿に参籠して大仏の前で一眠りします。その尼公が横になっている絵。そして夢にお告げがあって、大仏殿を後にする尼公が一つの大仏殿の画面のなかに、二度描かれています(これをA場面と呼んでおきます)。

閉じる コメント(3)

顔アイコン

のぞかせていただきました。宜しくおねがいします。

2008/6/21(土) 午後 7:20 じろう

顔アイコン

似たテーマを追っています。同一キャラクターによる異時同図法は、まさに日本の絵巻を標準とする概念であるため、マサッチオがもっとも「日本的」というだけのことであって、「成就」などと呼ぶのはどうかと思われます。御存知のように、キリスト教文化圏では、教会内にスタチオン画を置く伝統があり、同一平面ではないものの、同一空間内に同一キャラクターを描いて時間経緯を表現する手法を、絵巻より古くから持っています。また、絵巻にはないスピーチリボンによって、発言の時間を絵の中に取り込む手法もあります。概念そのものが持つナショナリズムを排して自由に物事を見るのは難しいものです。

2008/8/10(日) 午後 4:01 [ 純丘曜彰 ]

顔アイコン

はじめまして 記事が紹介でこのブログを知りました。興味があるのでやってきました。私は旅と歴史好きで、歴史のある土地を中心に世界のあちこち旅しています。私は子供の頃からシルクロードにあこがれていました。2005年に西安からトルコ・イスタンブールまで63日かけて、バス・ラクダ・馬で旅しました。その後引き続き、シルクロード各地を合わせて二百日間ほどひとり旅しました。そのときの人びとや文化、自然との出会いやふれあいの様子を継続的に写真とコメント紹介しています。よかったら訪問してみてください。

2009/4/19(日) 午後 1:58 [ moriizumi arao ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事