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今朝がた、NHKの「日曜美術館」に登場してゴッホの話をしましたが、一つ間違ったことを発言しているのに気がついたので、いそぎ訂正いたします。
「麦の穂」の作品を、亡くなる一週間前の作で、アナウンサーの中條さんの「じゃ、”烏の群れ飛ぶ麦畑”のあとですか」という質問に「あとです」と応えてしまっています。
これは、「一ヶ月前の作」、「烏の麦畑よりは前だけど、最後の作品の一つとして大変意味深い作品」というべきでした。ここに、訂正いたします。
いやぁ、ひとの前で話をするというのは、やっぱり苦手ですね。よく(ABCでも)、話し終ってから、あ、あのことをいうのを忘れた、とか、あ、思い違いをしていたと気づくことがあります。
前回(11月26日・金)も、その前の土曜に喋ったことがもの足りなくて、「ゴッホの話増補版」としてお話したのですが、やっぱり、このとき、これはいわなければと思っていた大事なことを言い忘れたのに、とあとで気づきました。それも以下に記します。
ゴッホの模写に関して、その方法を分類してみると、つぎのようなことが見えてくる、といったうえでこんな表を書きました。
1)単色版 →ドローイング=初期のミレーを「模写」するゴッホの方法
2)多色摺木版→油彩画 =広重、英泉
3)単色版 →油彩画 =サンレミ時代のミレー、ドラクロワ、レンブラントetc.
そこから、こんなことが言えるというので、そのあと、大事なことを言い忘れていていたのです。
それは、1、2、3のどの模写方法も、その時代の「模写」の仕事の方法とちがう。伝統的には、模写は、油彩画なら油彩画で模写(つまり同じ表現技法)で模写する(いまも「模写」といえばその方法のことを考えますが)、ゴッホは、そういう伝統的な模写の方法を真似ようとしていなかった、ということです。─その方法の相違点と意味深さもう少し掘り下げて考えて、そこから、彼の「変奏」が生まれる、と話したかったのです。
以上、今回は、訂正のお詫びをもって、報告に代えさせていただきます。
kinoshita
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先日、子供を寝かしつけてアイロンがけをしながら何気なくついていたテレビを見てビックリ。十五年前と全くお変わりない先生の姿を拝見し、私も短大生の頃に戻ったような気分になりました。。
美術史なんて全然興味もなかったくせに、作文だけで入学できるという理由で入った通称『芸短』。それでも私の中ではかけがえのない青春の記憶です。(主人にもあそこで出会ったんです!)
先生に何度か連れて行ってもらった北山のsakamiが閉店し、私も今では三児の母。長男の中学受験に躍起になっている次第です。このうよな媒体があるおかげで、ただの主婦である私もこうして先生にメッセージを送ることができるのがとても有難いです。卒業論文では『幕末にみる武士』なんてタイトルをつけて自己満足し、本当にいい加減に書いておりました。そんな私を木下ゼミに受け入れてくださって今更ながら感謝です。
今後も木下先生の一層のご活躍とご健康を陰ながらお祈りしております。
2010/12/7(火) 午前 0:11 [ sag*r*i200* ]
え―ッ、sakamiは、閉店したの!
京都も、どんどん変っていくようだな。
それにしても、なつかしい便りありがとう。
京都は変っても、みんなは元気でいてください。
TVだけでなく、ボクの本も読んで感想きかせてください。
(元教師より)
2010/12/8(水) 午後 10:47 [ kn_*e*hien ]