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金曜日は「美術史散歩」という大雑把なテーマをかかげていますが、4月からは、ボクが、集英社創立85周年企画『コレクション 戦争×文学』全20巻 という文学全集の各巻に連載している「戦争×絵画」を紹介しています。前回、5月25日は、「女性たちの戦争」「戦時下の青春」、そして「満洲の光と影」の三巻をとりあげました。ぜひとも掲載したかった絵で、遺族(著作権継承者)から断られた作品なんかも、紹介しつつ、それぞれのテーマから読めてくる問題を語り合えたらと思った次第です。
時代の圧力のかかっている状況下で、どんなことができるのか、そういう時代が過ぎ去ったあと、どんなふうに、それまでの自分の行動とこれからの行動を処していけばいいのか、─現代は、圧力はないようにみえるけれども、逆に、眼にはよく見えない蜘蛛の巣のような規制の網が、われわれの思考に絡んでいることにも、気づかせてくれます。 全集で連載しているのは、1000字に充たないちいさなエッセイで、口絵は各巻8ページか4ページという制約のもと、しかし、これまで「戦争と美術」というテーマで見落とされてきた世界・思想の姿へ眼を向けるべく頑張っています。4月にご紹介したベトナムの近代漆絵の意義についての紹介もそうでした。いずれとりあげる、ホスロ・ハッサンザデという現代のイランの画家のことも、ほとんど日本では知られていません。そんな作品も紹介しています。 今回は、柳瀬正夢の作品で、どこでもとりあげられていない一点を「満洲の光と影」の巻で、ミス満洲のポスターと対比させる形で紹介しました。ミス満洲にさせられた日本人の少女と現地の少女を見比べてみるところから、虚構の楽土「満洲」の姿が読めてきます。 その柳瀬正夢の「満洲の少女」の絵は、洲之内徹氏旧蔵のひとつだった作品(鉛筆デッサン)ですが、宮城県立美術館の洲之内コレクションには入りませんでした。署名も裏書きもありません(洲之内さんも『気まぐれ美術館』でとりあげてくれませんでしたし)。じつはこれは、柳瀬正夢が1942年満洲旅行をしたときに撮った現地の少女の写真があって、それからスケッチしたものだということが証明できます(写真は1995年武蔵野美術大学での展覧会『柳瀬正夢 疾走するグラフィズム』の図録に収録されています)。とても味わいのある絵で、こうして、紹介できてよかったと思います。 たまたま、この柳瀬正夢の絵のことをお話した日が、この5月25日の<土曜の午後のABC>。67年前、新宿駅で空襲に遭遇し死んでいった柳瀬の命日だったのも、なんだか不思議なきもちにさせられました。 次回は、6月9日(土)14:00〜 〈二つの「銀河鉄道の夜」〉へもうすこし深入りしていきたいと考えています。 なお、この日は、ABCが終ったら、いつものJack Cafe ではなく、中華街の「菜香」で食事会といきたいと考えています。みなさん、ぜひ。(ひごろは、足が遠のいている方も。) kinoshita |

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