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相変らず、暑い毎日です。みなさん、暑さに負けず、お過しのことと思います。
前回、7月の金曜の夜は、<戦争×絵画>をテーマにしつつ、集英社の『戦争×文学』の口絵から離れて、松本竣介の戦中から戦後の生きかたについて、彼の絵と文章を読みながら、考えてみました。葉山の俊介展をみながら、こどものころ聴覚を失ったこと、そのことが彼の絵と文学に与えている問題(絵をみていると、ボクは彼の彼にしか聞こえない歌のような、くぐもった声が聞こえたこと)から、戦後すぐに書いて朝日新聞に没にされた「芸術家の良心」という文章とその二ヶ月後にみんなに配った「全日本美術家に諮る」という文章の意義、というか、戦後(彼の死後)だれもがその提案を大切にしようとしなかったことの問題など、話してみました。俊介は、「全日本美術家に諮る」の文章のなかで、戦中の自分の生きかたを厳しく批判しようとしています(それが「新人画会」を戦後も継続しなかった大きな理由です)。ここから投げ返される問題をどう受け継いでいくか、これからも考えたいし、考えなければいけないと思います(これは、2011年3月11日以降の生きかたと深く関わってくるようです)。 8月になると、儀式のように、TVでは「戦争」の番組を組み、新聞や雑誌でも特集を組みますが、それは、8月だけでなく、いつも考えていかなければならないことです。そして、「戦争」をあの戦争の時代の問題として処理するのでなく、「戦後」と現在とのつながりで(「現在」を考え直すための経験として)考えねばならない、と思います。つまり、戦後を生き今日ここまで来てしまったわれわれは、「戦争」時代に経験したことをどうつなげているか。松本竣介のばあい、「生きてゐる画家」だけに光を当てるのは、戦後の人間の「逃げ」のような気がします。”そして、戦後、まもなく「全日本美術家に諮る」のような文章を遺して消えていった”…で済ましてはならない。ということです。 とまぁ、もっと、議論したいですが、暑いですから、今日はこれくらいで、前回の報告に代えます。 ではでは、また、9月に。 kinoshita |

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