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或る半獣男 ( フォーヌ )の午さがり
ステファヌ・マラルメ
牧歌
半獣男 ( フォーヌ )
あの妖精の娘を、俺はずっとそばに置いておきたいのだ。
あんなに透き通った、
あの娘 ( こ )らの真っ赤な肉は、ずっしりと微睡 ( まどろ )む
大気のなかを、ひらひらと飛び回っている。
俺は夢見るのが好きだというのか。
俺がなにかを疑っても、古い夢の堆積みたいなもので、
別れ出た小枝のように伸びてお終いなのだが、ほんとは、
森につながっている。だから、あぁあ、俺は一人で、
勝利のために、贋の薔薇の理想を捧げるのさ。
よく考えてみよう..
つまり、お前がくどくど語ろうとする女たちってのは、
作り話の好きなお前のでっちあげばなしの一つだとしたら、
フォーヌよ、そんな幻は、あのもう一人の貞淑そうな娘の、青い
冷んやりとした目からこぼれでた涙の泉か。
といって、ため息ばかりついていているもう一人の娘は
お前の体毛を吹き上げている昼間の生ぬるい風なら、ちょうどお似合いの一組だ。
いや、ちがう! どろんと淀んで呆っとしたままの
この暑さ、さわやかな朝の空気がいくら逆らってみても、
息詰るほどで、水の囁きひとつ聞こえない。聞こえるのはただ、
俺の葦笛が水を浴びた茂みと唱和している音だけだ。
風というなら、俺の二本の管からすばやく飛び出し、
乾いた雨となって音を撒き散らすまで吹いている、それだけだ。
それは、明らかに目に見えてさざ波すら立てない
水面に、空へと戻って行く霊感の、手の込んだ
静かな吐息なのである。
ああ、シチリアの静かな湿地帯の岸辺よ、
太陽と争ってみても俺の虚勢もここまでか。
火花のように咲き誇る花のもとで黙りこくっている岸辺よ、「さあ、語れ」、
「俺は、ここで中がうつろな葦を刈り取り、
腕前をみせようと調律をしていたのだった。
そのとき、遠く霞んだ黄金 ( きん )色にみえるところ、
緑の葉っぱが葡萄の蔓を泉に捧げるあたりに、
休んでいるような生き物の白い形が波のように揺れていた。
ゆっくりと前奏曲を奏でて葦笛が生まれていく、
と白鳥が飛び立った。いや、それは水の精が逃げたのだ。
あるいは、水に飛び込んだか」
動きを止めた、燃える野獣の時間。
どんな合奏の技巧で片付けたか、ラ音を探す男が願っていた
あふれんばかりの契りは消えてしまってその痕跡も見当たらない。
それならそれでいいさ。俺は、原始の熱情に目覚めよう。
直截に独りで、あふれる古代の光のもとで、
百合になろう! 純潔たらんとするお前たちのひとりに。
あの娘 ( こ )たちの唇から洩れ出たあの甘美な無は別として、
あの口づけは、内心では嘘だったことは承知している。
証拠はないが、俺の胸の噛み跡がそれを証明しているではないか。
うっとりする高貴な歯の噛み跡だ。
だが、もうたくさんだ! こんな秘密の打明け話を選んだのは、
青空の下で歌ってみせる一対の葦だった。
誰が、?がソの音を出すむつかしさに向かいつつ、
長い独奏を聴きながら夢をみるというのか。
あたりの美しさを、その美と俺の笛のおめでたい歌と
調子の狂った取り違えをして、俺と笛が楽しんでいる夢を。
そして愛は転調して高みへ昇り、
目を閉じた俺の眼 ( まなこ )が辿っていた背中、
あるいはピュアな脇腹は消え失せてしまう。
一つの響き、空しく単調な一本の線。
だから、遁走を手助けする楽器よ、いたずらっ子の葦笛、
シュリンクスよ。待っててやるから湖で花でも咲かそうと頑張っていろ!
俺は尊大極まる不満声で、じっくりと謡ってみせよう、
女神の歌をさ。そして女神の絵姿を描いて、
その影から、もういっぺんコルセットを剥がしてやるのだ。
そうなのだ、見かけは手が届かなくても、後悔なんぞしたくもないから、
俺が葡萄のその透明なやつを吸ってしまって、
笑いながら陽気に、夏の空へ空 ( から )になった葡萄を投げかけるのだ。
そして光に満ちたその皮に息を吹き込む。
酔い痴れて、夜になるまでみつめているのだ。
さあ、妖精の娘 ( ニムフ )らよ、いろんな「思い出」を膨らまそうぜ。
「俺の目は、葦草を貫き、お前たちの首を射抜いたのだ。
天上の住人たる娘らは、灼けつく肌を波に浸して
森の空へ、けたたましい声を挙げている。
神々しい髪は水の中に沈み、
輝きと震えのなか、ああ、宝石のようだ。
俺は急ぎ駆けつけ、あぶなっかしく腕を絡ませ抱き合っている
(二人でいることの苦痛をずっと味わって疲れ果て)
夢みている娘を、俺の足で圧えつける。
俺は二人を引き離さないまま、さらっていって、
太陽の下で強い香りを放つ枯れかけた薔薇の
この浮薄な影に嫌われた茂みへ飛び込む。
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