木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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         YAHOOのブログは終りますが、<土曜の午後のABC>は、もちろん続けます。

         今後のABCの報告等は、ホームページ http://kinoshitan.com でご覧下さい。
  
        
                       木下長宏

                

次回9月7日(土)のABCは、波止場会館4B です。
14:00〜17:00。
<老子と創世記とミケランジェロ>という通しテーマで、なんかいか、話してみようと企んでいます。

『老子』はいっぱんに処世の書として読まれてきたのですが、じつは、中国最古の<天地創生>を語る書でもあります。そして、その<天地創生>説と最も対照的なのが、旧約聖書の「創世記」に書かれている<天地創造>物語だと思います。
(こういう比較をする場合、日本人はすぐ、古事記や日本書記を持ち出してきますが、記紀の天地開闢物語は、8世紀の産物。そして、内容は『老子』[紀元前7〜5世紀までには書かれていた]の書き換えである『淮南子』[前2世紀成立]や三国時代の産物『三五歴記』の孫引きと列島土着の伝承からなるものです。その意味でも、まずは『老子』と同じ頃に成立した『創世記』を比べてみるのは大事な手続きのように思われます。)

われわれは、『老子』は、何年かかけて読んできましたが、『創世記』は読んでいませんので、東西の天地創生論を考えるには『創世記』を少しは詳しく読んでおくべきだと思い、とりくんでみようかと企てた次第。

そのさい、われわれに親しいミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画に『創世記』を読む導き手になってもらうと、『創世記』がより興味深く理解できはしまいか。ーーというわけで、<老子と創世記とミケランジェロ>ということになった次第です。

なお、このブログは、まもなく閉鎖となります。そのあとは、ホームページに集中していきますので、よろしく。

kinoshitan

次の7月26日(金)19:00~波止場会館3CのABCは、<ゴッホの終着駅ーあるいは、オーヴェルへの旅>と題して、先日訪ねてきたオーヴェル・シュル・オワーズで考えたことを、紙芝居風に仕立てて、ご披露する予定です。

ゴッホは、オーヴェルにわずか二ヶ月(70日)しかいなかったのですが、そこが終焉の地になりました。そこで猛然と絵を描き、描きに描いたその密度は、オランダ時代、パリ、アルル、サン=レミ、どの時代に比べても、濃い、なにか絵を描くということを圧縮して生きた70日という感じで(画風もどの時代にもない世界にむかっています)、オーヴェル時代を眺めるだけで分厚いゴッホ論が書けそうな、そんな「時代」(と呼ぶには短すぎるが濃密な70日)なのです。そんなことは、以前からわきまえていたのですが、こんど、ゴッホの最後の70日を生きたちょうど同じ時期ー6月に、ゴッホの70分の1の時間をオーヴェルで過ごしてきて、あらためて考えさせられた体験をしてきました。

それを、みなさんにお伝えするのに、どう言う方法がいいか、いろいろ考えたのですが、今回は、そのとき撮ってきた写真を披露しながら、関連する作品の複製といっしょに、紙芝居形式で語ってみようと思いついた次第です。

パワーポイントにするのが、いま風なのですが。飴玉をしゃぶりながら、聴いて(見て)いただくのには、紙芝居のほうが...と。

「オーヴェル」というと、ゴッホはなぜ自殺したのか、いやほんとうに自殺だったのか、といったことばかりが話題にとりあげられますが、26日にはそんなことには話頭は向けません。彼の、オーヴェルで描いた「絵」を考えるための話題を用意します。

kinoshitan

報告

「ABCの部屋」に坂本恭子さんからいただいた通信をアップしたので読んでください。
児玉靖枝さんは、現代の画家のなかでもボクたちがとくに注目尊敬している画家のひとりです。坂本さんの文章を読んでいただくと、ABCで考えている問題とも共鳴する画家であることが納得してもらえるだろうと掲載の許可をもらいました。児玉さんの仕事に興味を持っている人がひとりでも多くなるように。群馬館林美術館にもぜひ足を運んでください。

ABCで勉強していることが、<現代の仕事=生きかた>と響き合っていくことは、いつも願っていることです。

なお、ボクは、

7月20日(土)は、神奈川新聞社8F 、14:00〜、『茶の本』に書かれている琴の名手「伯牙」を手がかりに「芸術」とはなにかを考える話をします(岡倉天心市民研究会主催)。

7月26日(金)は、<土曜の午後のABC> 波止場会館3C、19:00〜21:00で、パリ報告の第二弾「オーヴェルとヴァン・ゴッホ」の話をしようと準備しています。

そのあとは9月7日(土)まで、夏休みです。

kinoshitan

記憶と無文字と児玉靖枝さんの絵                                 

先日も、楽しい時間をありがとうございました。「記憶」をめぐる『茶の本』の一節と、プルーストとの「コレスポンド」のお話が、〈無文字文化〉につながっていくような気がしたのですが、「あ、」と一瞬、本当にふっと頭をよぎった感触だったので、教室ではまとめきれず、またもメールで失礼いたします。

〈無文字文化〉から〈文字文化〉への移行は、「記憶」ではなく「記録」を重視する文化・社会への変化、とも言い替えられるように思いました。そう考えると、縄の結び目を繰りながら伝承をよみがえらせる、アイヌや南米(でしたでしょうか)の風習は、「記憶(無文字)」と「記録(文字)」が、境をあやふやにして重なっている、そんな文化の様態に位置づけられます。彼らにとっては、「記憶」と「記録」を分かつ必要などなかったのではないでしょうか。琵琶法師が歌う『平家物語』も、「記憶」と「記録」の双方で成り立っていたはずです。

口承や謠は、語られ、歌われるたびごとに、歌い手の感情と聴き手の感情が響き合い、ゆらいでいきます。つまり、口承や謠は、さまざまな「記憶」が重ねられ、それゆえに生じる変化を、身の内に抱きしめていることになる。そういう文化の様態に生きる人びとは、確固として動かし難い「記録」ではなく、「記憶」の厚い堆積に支えられ、ゆらぎをもった認識こそを、「史実」あるいは「リアルなもの」と考えていたのかもしれません。

日常の小さなものに目を向ける『茶の本』と、紅茶とマドレーヌというふとしたものから、とめどなく記憶がほどかれていくプルーストの小説のコレスポンドは、人間にとって「リアルである」とはどういうことかを問い、ささやかで儚い「リアルなもの」にもとづく芸術や美の在り方を、私たち考えさせてくれるように思います。どちらも「文字」で書かれた書物だけれども、人間の文化の古層にある〈無文字〉の精神は、「文字」を使っているか否かで測れるものではない、そのことを示す一例として、先生のコレスポンドのお話がさらに広がっていくようでした。

あの日は児玉靖枝さんが参加されていたグループ展「伊庭靖子 児玉靖枝 袴田京太朗 ― 悪魔的な」(MA2 Gallery)の最終日で、駆け足でしたが、そちらを拝見してから〈土曜の午後のABC〉に伺わせていただきました。3人の制作の共通の傾向というより、展示されていた作品たちの、それこそコレスポンダンスだったのかもしれませんが、「絵画(あるいは彫刻)は “見えなくする”ことができるものなのだ」という想いが、会場を回っているあいだに、私のなかでどんどん強まっていきました。

視覚(のみ)で享受すると思われがちな絵画の魅力は、「見えるようにしている」点で評価されることが圧倒的に多いように思います。「見えるようにする」対象が、眼には見えないもの(たとえば「精神性」といった言葉で片づけられるもの)であれば、なお凄いとされます。でも、絵画は、「見えないようにする」ことにも、みずからの可能性を賭けてきたのではないか。

昨年から、児玉さんは「Asyl」と題したシリーズを展開していて、紫や黄や青のみ(厳密には単色とは言えませんが)で木を描いたり、梢の下が蔭に沈んで茫洋としているような風景を描いています。その、蔭に沈んだ部分をもつ新作の前を横切っていったとき、私の歩みに合わせて、真っ暗に思えた蔭のなかに、ふっと枝葉が浮かんで、そして消えていきました。絵具の質感の違いや、塗り重ねのテクスチュアがもたらす、本当にかすかな視覚。その絵を横から眺めると、窓からの光の反射で絵柄がほとんど見えなくなり、部分的な輪郭だけが浮き上がってきます。真夏の強烈な陽光にさらされて眼が狂わされてしまう、そんな視覚の記憶がよみがえりました。

私たちが現実に前にしている世界は、本当は、「見えるもの」よりずっと多くの「見えないもの」でできています。見えないようにされた何かが、ここに潜んでいる――。そういう予感あるいは疑念は、見たい、触れたいという欲望へと私たちを導くと同時に、「見えていた」と思っていたものに対して、一気に不安を催させもします。それこそ、悪魔のように。

あとで読んだ3人の往復書簡における袴田氏の説明では、「悪魔的な」という展覧会のテーマはまったく別の意識から持ち上がったようですが、あの会場をめぐりながら、私は、「見えなくされた」ものを秘める絵画や彫刻のリアリティが、どれほど悪魔的か(児玉さんのタイトルを引けば、それは「Asyl(聖域)」にも変わるわけですが)、そういう畏れに似た感覚にとり憑かれていました。一度描いた画面を塗りつぶして、そこから掘り起こすようにしてイメージを結んでいく児玉さんの制作の方法(その痕跡を示すキャンバスの側面)が、どれほど「見えないもの」の魔的な力を湛えていたのか、そのことに、あらためて気づかされる時間でもありました。

ギャラリーの上階から降ってきて、1階の入口のほぼ正面に掛けられていた児玉さんの紫の「Asyl」をもう一度みつめたとき、ガラス越しに外光がうっすらと射し込んで、絵が光に満たされました。絵そのものが発光していると思えるくらい、まばゆい姿でした。パール材がふんだんに使われていたことだけが原因ではないと思います。色を極端に削いだ樹木の絵、まさに「見えなくさせる」ことを孕んだ絵は、絵具でもっとも定着しがたく、人の視覚がもっとも捉えにくいはずの、実体のない光のきらめきを、絵画という物体として顕現させているようでした。その光に目をくらませたまま、恵比寿駅までの道を急ぎ、〈ABC〉で先生のお話をうかがったあの日は、〈無文字文化〉の片鱗と、「見えなくする」ことを抱えた作品たちの記憶が、どこかで共鳴・照応しているのを感じつづけている、そんな一日でした。

追記.
「それは幾度となく螺旋的に訪れる、感覚が未分化なまま揺籠に揺られているような心地の良い場所、何度となくそこに近づきながら留まることは許されない場所なのです。/裏返せばそこは断崖絶壁のような険しい場所で、まだ見ぬ向こうへ踏み出さねばならない場所でもあります。」と、昨年刊行された作品集に児玉さんは記しています。ひとつの制作の極点は、作家にとって、ぬくもりに包まれた安全地帯であると同時に、これ以上の展開を阻む崖ともなる。その表裏一体の危険を見落とさない厳しい感性と、見えない先に踏み出すことを自身に課しつづける、作家たる者の強い意志。それらが読み手をも貫いてくるようで、私はこの一節がとても好きです。児玉さんがふたたび「まだ見ぬ向こうへ踏み出」した「Asyl」の手触りが消えてしまわぬうちに、群馬のグループ展* も訪れなければ!と思っています。                                     坂本恭子  
                                                
*「みつめる 見ることの不思議と向き合う作家たち」(9月16日まで、群馬県立館林美術館)

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