木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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次回3月24日(金曜日)の夜19:00からの<土曜の午後のABC>は、いつもの通り、波止場会館4Bです。

「見開き日本美術史」を続けます。前回予告しましたように、「松本竣介」を読みます。
その準備をしているうちに、やはり、「全日本美術家に諮る」を読むだけでは寂しく(?)「松本竣介」にもっと近づきたい気持抑え難く、そんなことを考えながらいくつか用意しました資料をこなすには、やはり二回は必要か、と怖れています(多分そうなるでしょう)。欲張ると切りがないので、とりあえずは二回、「竣介」と付き合ってください。「竣介」と付き合うということは、「ボクの(木下の)松本竣介」と付き合っていただくことですが、そんな「松本竣介」から、みなさんがなにかを見つけてくださることを願って話をしたいと思っています。

この冬来、悪かった右目がやはりよくなく、急遽、23日、都立広尾病院に入院して眼底に注射をしてもらってきます。翌24日、病院から、波止場会館へ直行ということになりそうです。

不順な季節、みなさんもお体には、くれぐれも気をつけて。

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次回の<土曜の午後のABC>は、3月11日(土)14:00〜 波止場会館4B です。

「老子に挑戦!」をつづけます。
前回は、「老子」が、支配階級のイデオロギーとしての「儒教」との対立関係のなかで、処世術の知恵の書として読まれるように仕向けられていった事情と経緯を勉強しました。
そういう事情を振るい落として、『老子』を虚心に読むことを心がけ、なかなか大変ですが、『老子』という書物の中心思想は、一章と四十章にあるという仮説を立て、この2章を出来るだけ深く読んでいこうとしてしています。そうすれば、おのずから、他の章も新しく且つ味わいのある読みが出来るのではないか、と思うのです。
とにかく、『老子』という偉大な書物を、単なる「処世術の書」にしてしまわないために、全力を注がねば。今は、そんな気分です。
で、11日は、ちょっと面白い実験(?)をしようと思っております。お楽しみに。

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上海へ行ってきました。
新しく開設された美術館<藝倉美術館>で「ミケランジェロ」について話をしてきたのですが、講演題目は「混沌を生きる芸術家ミケランジェロ」。
ボクが中国で知られている訳ではないし、レオナルドならともかく、ミケランジェロがテーマでは大して人も集まらないだろうなと思っていたのですが、100席近く用意されていた椅子は満員。それも20代30代の若い人がほとんど。女性が半分以上でびっくりしました。
皆さん熱心に聴いて下さり、終わった後の質問も次から次と、司会者がもう時間ですから、と打ち切る始末。そのあともボクの机の前に質問する人が集まって来るのでした。
そして、驚いたのは、若者達の質問が、ミケランジェロへの興味というより、「ミケランジェロ」とそのミケランジェロを語ったボクの考えかたから、自分たちの生きかたへの指針と裏付けを見つけたいという、つまり、「先生のおっしゃった○○○ということは、△△△ということと理解していいのでしょうか」といった質問内容が圧倒的だったことです。
上海の若者たちが、自分たちのそれぞれの生きかたを求めて、一生懸命考えている姿に打たれて、ボクも時間オーヴァーなんか気にしないで熱心に語り返しました。(何しろ、通訳を通してだから、倍の時間がかかる!)。
日本ではこんなふうに「自分」の生きかたを問答しあう若者は、本当に少なくなってしまった。なにか、見えない権威に身を委ねて、自分で生きることを放棄しているように見える若者がすっかり多くなってしまっている。
上海の若者たちが、巨大権力社会のなかで、自分自身の生きかたを求めて果敢に考え試している姿と出会って、胸を搏たれ考え込んでしまったのでした。
次回2月24日(金)19:00〜 波止場会館4B のABCは、「見開き日本美術史」の続きです。

ずっと、「日本美術」の背景にある問題を考えてきましたが、<土曜の午後のABC・12期>に入る4月からは、作品を取り上げて行く「美術史」にしたいな、と思っているので、「背景」の「思想」を考える行程の最終コーナーを曲がる気持でお話ししたいと思っております。

24日に取り上げたいのは、「日本語」が初めて「文字化」された記録として読むことのできる『古事記』の「序」です。日本列島に展開して行く美意識(美的表出意識)の底流には、長い長い「縄文弥生古墳」時代に醸成された「無文字」文化(「未文字」文化ではない)衝動がゆっくりと流れていることを、これまで考えてきましたが、表面上の「無文字」文化体制、古代中国の「漢文」表記に頼って表記するだけだった体制から、自分たちの使っている言語(音声としては日々活動させている言語)を、中国の人たちがやっているように、「文字」化しようとした、そういう文化の形を作っていこうとした最初の試み(現在のわれわれのところに遺されている)そのドラマを、「古事記序」から読み味わってみたい、という試みです。

うまく行くか、実は、いままだ資料を制作している最中です。

右目の視力回復が芳しくなくて、左目だけで原稿の下書きを書き、PC打ち込みをやらざるを得なく、疲れが早く、仕事の進み具合がめっぽう遅くなってしまっている、この頃ですが、ま、頑張ります。

では、24日に!
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笈田ヨシさん演出の「蝶々夫人」を昨日、池袋の東京芸術劇場で観ました。
素晴らしい「蝶々夫人」でした。

これまで、おそらく世界中で何百回何千回と演じられてきた「蝶々夫人」のなかで(それをもちろん全部ボクは観たわけではありませんが)この笈田ヨシ演出「蝶々夫人」は、それらの頂点に立つ作品になるだろうというのが、観終わった後の強い感想です。

これまでの「蝶々夫人」は、なんと言っても、20世紀初頭のヨーロッパ人の異国趣味(ジャポニズム)を主題と材料にした歌劇として、受け取られ演じられてきました。逆にいうと、「ヨーロッパ近代のエキゾチシズム」を上演するという枠組=足枷から脱け切れることはなく、その代表的作品としてこそ意義があると考えられてきたのが「蝶々夫人」でした。

しかし、笈田ヨシの「蝶々夫人」は、そんな「異国趣味」の足場を完璧に取り払って、テーマを、西洋文化を憧れ尊敬し続ける「日本人」の感性と思想のあり方を問う−ーいいかえれば、「近代現代日本」の思想と感性の根源的な問題を問う作品に、鮮やかに仕上げていたのです。

アメリカの海軍士官と結婚しようとしキリスト教に改宗までした、没落貴族の娘・芸者蝶々さんを支え励ましているのは、封建社会と貧困に呪縛された「日本」を豊かな自由社会へ解放させる夢である。その夢が、ピンカートンとの結婚で実現すると信じ続け、アメリカへ帰ったピンカートンを待ち続ける。この蝶々さんの心性は、現代でもなお生き続けている「日本人」のアメリカ(欧米)文明崇拝を映し出しています。この圧倒的な文化的優位性を笠に着て蝶々さんと結婚ごっこをするピンカートンは、やはり、現在も生き続けている、アメリカ、ヨーロッパの日本や東アジアに対する心性の奥底に滞留している傾向の代表者です。

「笈田版蝶々夫人」は、まずこの奥深い「近代」の問題へ、われわれを連れて行くのです(一幕から二幕へ)。二幕三場で、「笈田版蝶々夫人」は、ピンカートンがアメリカへ帰って結婚したピンカートン夫人と問答する場面を(初演以降プッチーニが削除していた情景)を復活させ(その意味では「笈田版蝶々夫人」は「原蝶々夫人」の再演です)、蝶々夫人の絶望を多義的な問答のなかへ投げ込んで幕を降ろします。つまり、ピンカートンに捨てられ、一粒種をピンカートン夫妻に取られて絶望のあまり、家宝の匕首で「腹切り」をするという伝統的な「蝶々夫人の最後」ではなく、息子を夫妻に渡すしか選択肢のなくなった蝶々夫人は、自死するしかなかったのか(アメリカに代表される欧米文化に自国の文化と自分自身の解放を夢見ていたことの虚偽に気づいたとき、どう自分を処置するか、自殺という清算方法しかないのかーー伝統的な「蝶々夫人」解釈は、それしかないとし、その未解決性は単に蝶々夫人の特殊な個人的な悲劇、あるいは幕末明治の時代の特殊な対外関係下にある「日本」の時代情況のもとでの物語として楽しませるように上演されてきました)。「笈田版蝶々夫人」は舞台設定を昭和初期に仮構し、蝶々夫人の生きかたをそういう特殊な物語に収束させない「近代」と「現代」の普遍的な問題へ投げ返そうとしているのです。

「笈田版蝶々夫人」の結末は、蝶々夫人が匕首を掌に握りしめたところで幕を降ろします。
彼女は、自死を選んだのか、それとも......、この劇自体は答を出していません。答は、このオペラを観終わった一人ひとりの胸のなかで探し続けるしかない。

その一人ひとりのわれわれは、蝶々夫人が選んだ(かも知れない)もう一つの生きかたーー「生き残ること」の末裔です。そして、蝶々さんが夢見て果たせなかった、「アメリカ」「西洋」文化がもたらした社会を享受しています。考えかたや言葉遣い、食べ物、住まいの仕方、衣服なども、すっかり「アメリカ」「ヨーロッパ」のスタイルです。こんなに欧米スタイルを身につけたのに、「自由」だけは獲得できていません。蝶々夫人のほんとうの悲劇は、彼女が立ち竦んだ地点へ、どうやって戻ればいいのか、もう戻れないとしたらどうしたらいいのかという問いへ、否応なく連れて行かれるところにあるのかもしれません。観る者も、演じる者も、一瞬、問いの只中に立ち竦むとき、パッと舞台は終りを暗示します。終りは始まりだ。
この終りかたが、「笈田版蝶々夫人」の新しさと魅力を象徴しています。

魅力という点では、「オペラ」とはいえ、出演する歌手が、みなさん「歌手」だからねと許されてきた下手な演技者ではなかったところにもあります。眼を楽しませる演技と工夫されたミニマムな舞台装置、歌わない人(ダンサーたち)による舞台作り、ときめ細かい演出も強調しておかなければなりません。

もちろん、歌い手さんたちの歌唱力も、とてもよかったし、オーケストラも合唱団も、文句なしの演奏を聴かせてくれていました。

プッチーニの優雅なメロディーを存分に歌わせて、しかし、冗漫にならないテンポの速さで、劇全体を包み引き締め、笈田版「蝶々夫人」は、この作品を旧来の「歌劇」ではなく、新しい「悲劇」に仕立て上げていたのです。

(「笈田版蝶々夫人」の日本公演は昨日が最後だったのですが、ボクがもっと早く観ることができて、この感想をもっと早くに多くの人に伝えられて、少しでも多くの人に観てもらえれば良かったのにと、それがほんとうに残念です。)

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