木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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2016年も差し迫って参りました。暦が変ったからと言って身辺が急に変るわけでもないのですが、やっぱり、なにかのけじめを感じてしまうものですね。

ことしは、ボク自身にとっても、ボクのまわりにも、世界中にも、いろんなことがありました。
ボク自身は夏にかけて体調を崩し、ちょっと大変でしたが、ABCだけは、休まずがんばれました。
みなさんのおかげです。
(年末の所感をちょっと認め、このブログの「内容報告」欄に載せました。)

来年のABCは、1月13日(金)19:00から、波止場会館4Bです。

冬休みを挟むので、1月のABCは一回だけ。その次は、2月4日(土)です。そして、金曜のABCは3月24日。

その間、1月21日(土)「横浜市民ギャラリーあざみ野」で、《自画像から読む人類の歩み》というタイトルで喋ります。『自画像の思想史』の要約入門編のような話をしたいと思っています。

3月に入ると、4日の土曜日に、上海で、新しく開館した美術館のオープニングセレモニーに合わせて、「ミケランジェロ」のことを語る話が進んでいます。

ABCの日程は、3月11日(土)14:00〜、3月24日(金)です。

というわけで、みなさん、来年もよろしく!

kinoshitan

2016年の読書より、

この一年の読書より
 
2016年も、いろんな本を読んだ。いただいた本も多いし、ウェブの通販でもずいぶん買った。
ときどきは、書店へ出かけて、手にとってぺらぺら眺めてみるのは、やめられない。通販では、内容予測がほぼ確定している本しか注文しないが、店頭では、思いがけない本をみつけたり、それを買って帰って読んで、いろいろ教えられたり、新しい楽しみと出会ったりする。
 
たくさん読んだこの一年の読書のなかから、記録しておきたい出来事が二つある。
 
もう何ヶ月か前の話だが、京都のSURE という出版社から一冊の本が送られて来た。封筒に「著者代」とあった。封を開いてみると、鶴見(俊輔)さんの『敗北力』だった。
 
著者が出版社に依頼して送って下さる本に「著者代送」と記してあることはよくあるが、その場合、著者は存命中なのがふつうである。当然どなたかの最新のご活躍の一端を送ってくださったのだろうと、いつものように封を切った。ところが、そこから出て来たのは、すでに亡くなられた鶴見さんの著書だった。鶴見さんが冥界から送ってくださったような気がして、その本を開く手が少し震えた。
 
いまも、その「著者代」と書かれた封筒を捨てられないでいる。
 
同時に届いたもう一通の手紙が、鶴見さんの奥さんからの手紙で、ボクの近著『自画像の思想史』を読んで、その感想を綴ってくださっていた。
 
ボクは鶴見さんがご存命のあいだは、本を出すと送ってきたが、こんかいの『自画像の思想史』は、亡くなられてしまったので、送らないでいた。奥さんは、新聞に載った書評を読んで、この本を注文され、読了されたのだった。少女時代のご記憶を呼び起す本だったと誌されていた。「あとがき」に、ボクがこの本は鶴見さんに捧げたいが、鶴見さんはもういない、というようなことを書いたのを(わざわざご自分で購入された本のなかに)見つけて、奥さんはやはりなにか不思議な出会いを感じられたようだった。
 
「著者代」は、奥さんの指示だったことにちがいない。(奥さんは、鶴見さんの遺著が出たので別便で送りますとは手紙のどこにも記しておられなかった。だから、奥さんの指示だったにちがいないというのは、ボクの推測にすぎない。いくつかの不思議なそして幸せな巡り合わせが、ボクのまわりに一瞬渦巻いたのだ。)このお手紙もボクの宝物となるだろう。
 
そういえば、ボクは、数年前に鶴見さんからいただいた一つの葉書を、本棚に立てかけて飾っている(201157日の日付。それから半年後鶴見さんは倒れられ、この葉書はボクにとって最後の便りになった)。そこには、《あたたかくなって、赤ん坊を町で見るようになりました。いやおうなしに、私のいない日本を考えます。》と記されている。
 
鶴見さんはこの地上にいなくなったが、鶴見さんの遺した言葉は、ボクたちに投げかけ続けられている。
 
 
『自画像の思想史』を責了したころだった。長い仕事を手放した奇妙な解放感を抱いて、本屋さんへ出かけた。新刊の文庫の棚をあれこれ眺めていると、『ひとはなぜ戦争をするのか』というアインシュタインとフロイトの往復書簡が文庫になって再刊されているのを見つけ、ペラペラとページを繰ってみた。と、―「知識人」こそ、大衆操作による暗示にかかり、致命的な行動に走りやすいのです。なぜでしょうか。彼らは現実を、生の現実を、自分の目と自分の耳で捉えないからです。紙の上の文字、それを頼りに複雑に練り上げられた現実を安直に捉えようとするのです―というアインシュタインの言葉に出会い、これは捨て置けないと、購って帰り、一息に読んだ。
 
この文庫には、現代日本の脳学者と精神分析医のお二人が解説をつけている。脳学者のは、解説というにはひどすぎる。アインシュタインもフロイトももう古い、いまはITの時代だからと、自説を振り回すだけで、アインシュタインとフロイトから自分がどんなメッセージを受け取ったかも語っていないし、受け取るべきかを読者に告げようともしていない(ひとはなぜ戦争をするのか、本気で心配なぞまったくしていない人の文章だ)。もう一つの解説、精神分析医学者のほうは、もう少していねいに、アインシュタインとフロイト(とくにフロイト)の言葉に寄り添い、二人の言おうとしていることを伝えようとしている。
 
それにしても、驚き、同時に悲しくなったのは、二人の解説者が、どちらも、《知識人は紙の上の文字を頼りにして、複雑に練り上げられた現実を安直に捉えようとする》というアインシュタインの言葉に、留意していないことだった。お二人は、この言葉になにも感じなかったのか。
 
この言葉は、二人の解説者にとっても、もちろんボク自身にも、そして日本の、いや現代の世界中の知識人に突きつけられた警告ではないか。この言葉を前にして、ボクたちは、身を糾し、心を洗い直さねばならない。その言葉に撃たれて、思わずボクはこの文庫本を買って帰ったのだし、この言葉を巡って、あらためて自分(たち)を見つめ直す機会を作りたいし、作り直さねばならないと思う。われわれが、どのくらい、《紙の上に書かれた文字(情報)だけを頼りに、この複雑な現実を安直に整理して解ったつもりになっているか》、生きている一瞬一瞬ごとに、振り返らなければならない。
 
この言葉を、絶えず、頭のなかの出発点に置いて、アインシュタインとフロイトの84年前の言葉を読めば、そのひとつひとつが、新鮮な姿でわれわれの前に現れてくるのではないか。そういう解説を読みたいと思う。これは、ボク自身が書くしかないか、と苦笑いする一方、現代の日本の知識人の傲慢さと鈍感さに、考えこんでしまったものだった。(忘れず付け加えておこう。ボク自身も、そんな鈍感さと傲慢さを無意識の裡にいつも振り回しているにちがいなく、出来るかぎりそれに気づかねばならないと戒めていることを。この心構えは、鶴見さんの《自分がいなくなった後の日本を憂えている》という遺言を、ボクたちがどう受け止めていくか、と繋がっている。
                                   (2016 12 28)
次回は、本年最後のABC。と言っても格別なにか構えるわけではありませんが、コツコツ考えながら読んで来た「老子」を読み(考え)続けます。
(11月の第4土曜に『自画像の思想史』の出版パーティーをABCでやっていただいたので、例年持って来た忘年会ふうの食事会は、今年は計画しないことにしましょうか。)

「老子に挑戦!」するについては、次の二点、

1.テキストの一つ一つを解読していくこと。
2.「老子」を考えるための背後・周辺に涌き上がってくる大切(そうな)問題に目を配ること。

この二つをたいせつにして、
次回も、続けます。

それから、17日は、先日『日経回廊』という(書店では手に入らない、日本経済新聞社が発行している[今号で終るそうですから「発行して来た』ですね])定期刊行物に、ボクが書いた「プルーストとバルベックのホテル」についての原稿を、コピーしていただいたので、それを当日お配りし、少し、プルーストについての話もしてみたいな、と思っています。
プルーストについては、ABCの第一期に「P」の項で話し、『美を生きるための26章』に書き直しまとめて以来、じつは10年くらいじっくり考えることからは遠のいていましたが、久し振りに課題を与えられて、とても、新鮮に集中して書くことができました。(じっくり考え語る機会から遠のいていたとは言え、やはりプルーストは、「ものを書く」こと「観る」こと「読む」こと「考える」ことについて、いっぱい教わった恩人の一人ですから。)

では、17日に。

kinoshitan

PS:「プロフィール」に載っけた写真は、横浜美術館の前庭です。

11月26日の土曜の午後は、ボクの行きつけのフランス料理屋さんを借り切って、『自画像の思想史』の出版を祝い且つ励ましていただくパーティーをABCの主催で開いていただきました。

思いもよらないたくさんの方に来ていただいて、当初は、このパーティーに来ていただいた方がたを一人づつ紹介して、と考えていたのですが、そんなことをしているとそれだけでパーティーが終ってしまうことになりそうで(このアルチザンの料理をじっくり味わってもらうこともできない?と)、諦めましたが、忙しいなか(その日は公用で欠席という連絡もたくさんもらいました!)、ほんとうにみなさん、ありがとうございました。

このご厚情を胸に、次の仕事へ向かってがんばります。

さて、次回のABCは、このパーティーをはさんで、ちょっと変則で、普通の流れだと11月第4金曜の「見開き日本美術史」を12月2日(金)に移動しました。

いま、日本美術史の時代区分の大きな見取り図を再考する作業に取り組んでいますが、次回は、『自画像の思想史』を材料に、この問題に対面してみようと考えています。ちょうどこの本の出版を祝ってもらった会のすぐあとでもあり、祝っていただいて喜んでお仕舞いではいけない、こういう機会にこそ、この本で提起した課題をさらに浸透展開させるべく、みずからをむち打って、準備します。

という訳で次回は、「見開き日本美術史」の枠組の深層を考える時間と同時に『自画像の思想史』を再考する時間になれば、というもくろみです。

では、金曜日の夜!

kinoshita
次回、11月12日(土)の<ABC>は、波止場会館4Bで、14:00からです。
「老子に挑戦!」も第6回目です。まだまだ、見通せて来たなどとは申せませんが、とにかく読んでいきたいたいと思います。

ここまで勉強して来て、はっきりしてきたことは、『老子』のテクスト自体が、2000年の時の流れのなかで、いろいろな変容を遂げて来ていることもさることながら、著者「老子」も決して実在の或る「一人」と決めつける事は出来ないこと、当初から複数の著者・編者がいて作られたと読んだ方が深みのある読みかたが出来るということでした。

いっさい、固有名詞が出てこない『老子』の原文自体、諸写本の異同とは別に、単一のテクストが幾通りもの解釈・読み方の可能性を用意している、別の言いかたをすれば、どの写本を底本にしたとしても、そのテクストを読む者一人ひとりが自分なりの解釈ができるし、しなければならない、ということです。

なぜ固有名詞が出てこないのか、書かれていないのか。これもとっくり考えてみなければならない問題ですが、それと、一つのテクストが幾通りにも読めることと、どこかでつながっているような気がしています。(こんなに幾通りにも読める古典は、ほかにはありません。詩などで、本音を喩として隠しておくのとはちがって、のっけから二通り三通りの解釈読みかたが出来て、それぞれが補い合いこともあるし、背き合うこともある。『老子』の文体は凄い文体です。つまり、『老子』という書物は得体の知れない深さを持つ書物で、ボルヘスの「砂の本」を連想させるところがあります。))

現在、流布しているすべての『老子』の訳書解説書は、多様な読みが出来る事を知りながら、そのうちの一つだけを選んで「自分はこれを採る」と読者に押し付けている。こういう姿勢自体、「老子」の思想に背いているのではないか、ということは言えそうです。

『老子』を、『老子』本来の意図に沿った読みかたを身につけられるよう、これからも頑張りましょう。

そのことをいつも心がけながら、12日は、『老子』のなかで「吾/我」という語がどう扱われているか、「吾/我」の出てくるいくつかの章を取り出して、考えてみる時間にしようかと思っています(全81章のなかでそんなに多くはないのです)。

東アジアの言語が、「私」という主語を隠して成立する文体であることを特徴としていることを考慮すると、それぞれの文から隠された「私」の位相を確定するというのも、おおきなテーマですが、それはちょっと脇へ置いておいて、「私は」とか「我々は」とか言わなくてもいい文体のなかで、なぜ敢えて「吾」とか「我」と書き出しているのか、そのばあいその「吾/我」はどんな重さと意味合いを含んでいるのか、それが『老子』のメッセージとしてどんな働きをしているのかを考えてみようというわけです。『老子』を読む楽しみが増える作業になると思っているのですが‥‥ま、ご期待下さい。

では、12日に!
kinoshitan

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