木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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次回10月26日(金曜日)19:00~21:00のABCは、いつもの部屋、波止場会館4Bで。

今回からタイトルを「<美術史以前>を考える」と変更いたします。「見開き美術史」ではあまりに漠然としているので、変えて見た次第。もうすこし絞ったタイトルにすれば、「<美術史以前>を考えるー日本篇」です。

先週の土曜日、京都で以前勤めていた京都芸術短大の卒業生のみなさんを前に<無文字文化>について喋ってきました。26日は、それを紹介しつつ、そのなかから、<無文字文化>から<文字文化>へと移行する過程、文字表記を当時の人びとはどのように試行錯誤していったかを、歌(和歌)表記の世界に観察してみたいと準備しています。

飛鳥池の遺跡から出てきたじつに素朴な五言四行詩から『萬葉集』に入っている「柿本人麻呂歌集」からいくつかの歌を拾ってみます。

その素朴な漢字表記がいくつかの変化を経て、10世紀の<草仮名>を生み出す。その過程は、まるで、蛹が美しい生糸に、あるいは美しい蝶にと変身する過程を見るようなのです。


HPのイントロエッセイも更新しました。ぜひ読んでください。(更新すると、それまでのは、タイトルをつけ、ときに加筆してアーカイヴに収めています。ついでに、ここもぜひ、訪問してください。)

では、金曜日に。

kinoshitan

次回10月13日(土)の<土曜の午後のABC>は、波止場会館3Cです。

『老子』のいままで読まなかった章を、無作為に拾ってみたのが、72章。まずこれを読みましょう。
そうすると、最後が「故去彼取此」(故に「彼を去って此れを取る」と言われているのだ)という一句で終ります。

この一句、いままでにもお目にかかったことがあるな、とみなさんもお気づきになるでしょう。一種の成句のようです。

で、この成句を含んでいるほかの章を探しますと、意外にすくなく、全81章中わずか3回。72のほかには12章と38章。この二つはすでに勉強したはずですが、この機会にもういちど、読んでみたいと取り上げます。

そして、「故去彼取此」というなんでもない一句が、おそらく『老子』という書物がいま流布しているような形を取る前、つまり『老子』という書物が古代中国に登場する前から、人びとのあいだで口にされていた慣用句であり、表面上は大事なことは言ってないようだけど、意外に含蓄あるーーなかなか「老子」的な一句であることが発見できそうです。

<「老子」的な>.....ということは、いまのわれわれにもっとも大切なメッセージを隠している、というのがボクの考えです。

そのあと、12章にあったもう一つの慣用句っぽい一句「難得之貨」(得難きの貨)という語句を追っかけて3章から64章と散歩してみようかと、テクストを用意しています。

今回は、また、新しい部屋「3C」です。お間違えなく。


kinoshita

次回9月28日(金)のABCは、波止場会館4Bで。19:00〜21:00。
<無文字文化>への追求を続けます。

前回7月27日は、縄文土偶を原イザナミ像と考えるために、日本書紀や古事記の天地創生神々の誕生物語原文を読み込んでみましたが、今回は、こうした古事記や日本書紀の文章が創られていくなかで、その<言葉>の形を見つめ直し、<無文字文化>から、<文字文化>へと変容する過程にどんな問題があるか、考えてみたいと思います。

8世紀の日本の知識人が自分たちの喋っている言葉を<文字>にしようとしたときに直面していた迷いが、現代の日本語使用者にも、引き継がれていることを発見します。

まさに、現代に、<無文字文化>は生き続けているのです。

                        ⭐

今日は、すみだ北斎美術館へ出かけ、北斎の「橋」の絵をたくさん観てきました。北斎の絵の腕の凄さはいうまでもないのですが、その<虚構の生命力>に対する想像力の豊かさとでもいうものに圧倒されました。ここにも、<無文字文化>の伝統が生きているという思いに撃たれたのですが、またその話はいずれ。

北斎美術館といえば、建物は最低です(どこから見直しても「美術館」として作られた建物ではない)が、近接するかのごとく見える館内の小さい図書室は、たのしいです。もう一つの「北斎」に浸れます。「すみだ」を訪ねられたら、ぜひここで、ひとときを過ごすことをお忘れなく。

                         ⭐

もう一つ報告を忘れていました。HPを見てお気付きの方もおられると思いますが、ことしの12月は当初予定していた15日の波止場会館を取り損ねまして、22日(土)に変更せざるを得ませんでした。ご了承願います。

では、28日に。
inoshitan

暑い酷い夏でした。
まだ、暑さは続いていますが、ABCは、始めます!

次回は、9月8日(土)14:00〜7:00 波止場会館3Cです。
3階の奥、3Cです。いつもと違う、新しい部屋ですから、お間違えなきよう!

ひきつづき<老子>です。
今回は、まだ、読んだことのなかった79章をまず取り上げ、そこから、63、74、73、75と進んでいこうと思っています。すべて、初めて読む章です。

こうして、未踏の章を拾って読んでいると、急に、いちばん始めに読んだ第1章「道可道非常道、名可名非常名...」を読み直してみたくなってきました。いろいろ<読み>の蓄積をして、以前読んだ章を読み直して見ることは、「老子」を読む上でとても大切なこと、とくに第1章は、われわれが最初に「老子」なるものに接したテクストであり、かつ、後から振り返っても最上級に難解な章です。8日の土曜日には、もし時間があれば、あらためて、第1章を読んでみましょう!

ともかく、暑いです、みなさん、くれぐれも、体調には気を配ってください。

kinoshitan

次回7月27日(金)の<土曜の午後のABC>は、19:00〜21:00まで、波止場会館3Cです。3Cは新しく用意された部屋です。どんな部屋か楽しみです。

日本美術史を<無文字文化>から読み解く試みを続けていますが、今回は「縄文土器・土偶」に焦点を当てて見ます。<無文字文化>の分厚い営みのなかから<見立て>や<真行草の三体>思想が育まれたこと、その思想の息づいている様を「シアトル烏屏風」や等伯の「松林図屏風」、北斎の仕事などを例に観察してきましたが、そういう<見立て>や<三体>の母胎となった<無文字文化>の働きを縄文土器や土偶のなかに見つけてみたいというのが今回の目論見です。

縄文土器や土偶が、外形を見てもらうために作られたのではないことは確かなので、なんとかして、想像力を駆使して、その隠されたメッセージ、大昔の人びとの情感と意思の波動を、そこに読み取ってみたい。その果敢なる(!)試みです。

みなさんが「縄文」をご覧になるときに、いい刺激になることを願っています。

酷暑に加えて台風までやってきそうです。
お大事に。

kinoshitan


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