|
6月22日(土)午後3時から、水天宮の近くにある「ミュゼ浜口陽三」で、池内晶子さんと対談をします。いま、「ミュゼ浜口陽三」は、「秘密の湖」というタイトルで、夏の企画展が開かれています。
浜口陽三氏の作品といっしょに、池内晶子さん、福田尚代さん、三宅砂織さんの三人のお仕事を招き入れた、展覧会です。 そこで、池内さんが、ボクと対談をしようと誘ってくださって、22日午後、実現します。 どんなお話ができるか、偉そうなことはいえませんが、池内晶子さんの作品は、以前からとても好きなので(このブログでも書いたことがあるくらいですから)、どんなところが「好き」なのか、みなさんに伝えられ、みなさんも好きになってもらえるきっかけを提供出来たらと思って、引き受けました。 企画展も、なかなか、すてきです。現代人は、どうしても、「美術」をみるとき、作品の訴える「強さ」に引かれがちだし、それで、作品の良し悪しまで判定してしまいがちです。しかし、ほんとうの良さ、美術と呼ばれる世界の意味深さは、その「弱さ」のなかに表現されているものです。 「ピアニッシモ」な味わいをじっくり見せてくれる美術館は、ほとんどない昨今。そんな幽かな、淡く、弱い世界の現れを、ゆっくりとくりひろげている展覧会をみつけました。 ☆ 21日(金)19:00〜は、<ミケランジェロの詩を訳す>シリーズの一齣として、<ミケランジェロと音楽>というタイトルで話してみようかなと考えております。これは、ミケランジェロとルネサンス音楽というふうなことを考えるのではありません。ミケランジェロの作品の前に佇って、どんな音楽が聴こえてくるかを考えてみようと、いうのです。おたのしみに。 では、21日に。 kinoshita ☆ 「弱さ」の話となれば、もう一言、付け加えておかねばならないな、と気がつきました。 京橋の、「かんらん舎」でいま、「田畑あきらこ」の作品を展示しています。 もうずいぶん以前、あきらこさんの細いほそい線がすぅーっと、一本引いてあるドローイングを、かんらん舎でみて、唸ったことがありました。「線」が「線」でありながら、「線」でなくなるそのあわい、それをつかまえようとするのか、てばなそうとするのか、緊張零度にして、これ以上にない緊張に震えている、そんなドローイングでした。 今回の展示には、そのドローイングは出ていませんが、ボクが知らなかった田畑あきらこの作品が出ています。田畑あきらこ亡くなって40年、忘れてはいけない「現代」の作家です。かんらん舎舎主大谷芳久氏は、世の「芸術」なんぞと呼ばれている世界のなかで、その「ピアニッシモ」の貴重さを見極めようとされている数少ないお一人で、現在『一寸』という同人誌に「わが小菩薩峠」というタイトルの下、日本近代史水脈発掘作業を連載中。かんらん舎を訪ねられて、大谷さんと、「眼」があったら、展示されていない「田畑あきらこ」の「線」の仕事の資料もみせてもらえるかも。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




