木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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或る半獣男 ( フォーヌ )の午さがり
                                   ステファヌ・マラルメ
 
          牧歌
   半獣男 ( フォーヌ )
あの妖精の娘を、俺はずっとそばに置いておきたいのだ。 
                                                                                 あんなに透き通った、
あの ( こ )らの真っ赤な肉は、ずっしりと微睡 ( まどろ )
大気のなかを、ひらひらと飛び回っている。
 
                                                                 俺は夢見るのが好きだというのか。
俺がなにかを疑っても、古い夢の堆積みたいなもので、
別れ出た小枝のように伸びてお終いなのだが、ほんとは、
森につながっている。だから、あぁあ、俺は一人で、
勝利のために、贋の薔薇の理想を捧げるのさ。
 
よく考えてみよう..
                                  つまり、お前がくどくど語ろうとする女たちってのは、
作り話の好きなお前のでっちあげばなしの一つだとしたら、
フォーヌよ、そんな幻は、あのもう一人の貞淑そうな娘の、青い
冷んやりとした目からこぼれでた涙の泉か。
といって、ため息ばかりついていているもう一人の娘は
お前の体毛を吹き上げている昼間の生ぬるい風なら、ちょうどお似合いの一組だ。
いや、ちがう! どろんと淀んで呆っとしたままの
この暑さ、さわやかな朝の空気がいくら逆らってみても、
息詰るほどで、水の囁きひとつ聞こえない。聞こえるのはただ、
俺の葦笛が水を浴びた茂みと唱和している音だけだ。
風というなら、俺の二本の管からすばやく飛び出し、
乾いた雨となって音を撒き散らすまで吹いている、それだけだ。
それは、明らかに目に見えてさざ波すら立てない
水面に、空へと戻って行く霊感の、手の込んだ
静かな吐息なのである。
 
ああ、シチリアの静かな湿地帯の岸辺よ、
太陽と争ってみても俺の虚勢もここまでか。
火花のように咲き誇る花のもとで黙りこくっている岸辺よ、「さあ、語れ」、
「俺は、ここで中がうつろな葦を刈り取り、
 腕前をみせようと調律をしていたのだった。
 そのとき、遠く霞んだ黄金 ( きん )色にみえるところ、
 緑の葉っぱが葡萄の蔓を泉に捧げるあたりに、
 休んでいるような生き物の白い形が波のように揺れていた。
 ゆっくりと前奏曲を奏でて葦笛が生まれていく、
 と白鳥が飛び立った。いや、それは水の精が逃げたのだ。
 あるいは、水に飛び込んだか」
                  
   動きを止めた、燃える野獣の時間。
どんな合奏の技巧で片付けたか、ラ音を探す男が願っていた
あふれんばかりの契りは消えてしまってその痕跡も見当たらない。
それならそれでいいさ。俺は、原始の熱情に目覚めよう。
直截に独りで、あふれる古代の光のもとで、
百合になろう! 純潔たらんとするお前たちのひとりに。
 
あの ( こ )たちの唇から洩れ出たあの甘美な無は別として、
あの口づけは、内心では嘘だったことは承知している。
証拠はないが、俺の胸の噛み跡がそれを証明しているではないか。
うっとりする高貴な歯の噛み跡だ。
だが、もうたくさんだ! こんな秘密の打明け話を選んだのは、
青空の下で歌ってみせる一対の葦だった。
誰が、?がソの音を出すむつかしさに向かいつつ、
長い独奏を聴きながら夢をみるというのか。
あたりの美しさを、その美と俺の笛のおめでたい歌と
調子の狂った取り違えをして、俺と笛が楽しんでいる夢を。
そして愛は転調して高みへ昇り、
目を閉じた俺の ( まなこ )が辿っていた背中、
あるいはピュアな脇腹は消え失せてしまう。
一つの響き、空しく単調な一本の線。
 
だから、遁走を手助けする楽器よ、いたずらっ子の葦笛、
シュリンクスよ。待っててやるから湖で花でも咲かそうと頑張っていろ!
俺は尊大極まる不満声で、じっくりと謡ってみせよう、
女神の歌をさ。そして女神の絵姿を描いて、
その影から、もういっぺんコルセットを剥がしてやるのだ。
そうなのだ、見かけは手が届かなくても、後悔なんぞしたくもないから、
俺が葡萄のその透明なやつを吸ってしまって、
笑いながら陽気に、夏の空へ ( から )になった葡萄を投げかけるのだ。
そして光に満ちたその皮に息を吹き込む。
 
酔い痴れて、夜になるまでみつめているのだ。
さあ、妖精の娘 ( ニムフ )らよ、いろんな「思い出」を膨らまそうぜ。
「俺の目は、葦草を貫き、お前たちの首を射抜いたのだ。
天上の住人たる娘らは、灼けつく肌を波に浸して
森の空へ、けたたましい声を挙げている。
神々しい髪は水の中に沈み、
輝きと震えのなか、ああ、宝石のようだ。
俺は急ぎ駆けつけ、あぶなっかしく腕を絡ませ抱き合っている
(二人でいることの苦痛をずっと味わって疲れ果て)
夢みている娘を、俺の足で圧えつける。
俺は二人を引き離さないまま、さらっていって、
太陽の下で強い香りを放つ枯れかけた薔薇の
この浮薄な影に嫌われた茂みへ飛び込む。

世界創造の最初の日の、天球の永遠なる雪の            

黄金色の雪崩を、老いた青空から

かつて、あなたはこの世の災いも知らない

まだ若い大地のために、その偉大な聖杯を解き放った。
 

淡い黄色のグラジオラスは、白鳥のような気品ある首を持ち、

祖国を追われた魂に与えられるあの神々しい月桂冠は、

押し潰されたように昇ってくる朝の光に恥じらい赤くなった

天使の無垢な足指のように深紅色である。

 

ヒヤシンス、銀梅花の鮮やかな閃光。

そして、女の人の肉体を思わせる薔薇は

残酷に、明るい庭に咲き誇るサロメの母である。

あの残忍で眩い血を撒き散らす女!

  

そして、あなたはまた、百合の花の啜り泣く白さを創り出すと、

百合は、海がそっと吐いた溜息の上を漂いながら、

色褪せる水平線の青い ( こう )を横切って、

夢見がちに泣きそぼる月の方へと昇っていく!

 

ホサナ! 弦楽と香炉に讃えられ、

聖なる婦人よ、天国と地獄のあいだにある庭に祝福を!

そして、天上の夜に響く木霊は、

まなざしの法悦、光輪のまたたきとなって終ることを!

「母」よ、正しく強いそなたの胸に、

 未来を祈る香の瓶を揺らしながら、あなたは、

かぐわしい死とともに、偉大な花々の聖杯を創り出した、

生命絶え絶え人生に疲れた詩人のために。


木下長宏 訳

春の訪れ

                                                ステファンヌ・マラルメ

 
 

病みがちな春が悲しげに冬を追い立てた、

深々 ( しんしん )とした芸術の季節、透き通る冬を。

そして、淀んだ血に支配された私の生命 ( いのち )のなかに、

無力が長い欠伸をして居座っている。

 

色を失くした黄昏は、古びた墓に嵌められた鉄の ( わ )

締めつける頭蓋骨の下で生温 ( なまぬる )くなっている。

そして、嘆かわしいことに、私はおぼつかない美しい夢を求めて

樹液の芳香が充満している野原を彷徨う。

 

ついには、樹木の香りに心乱され、倒れ込んでしまう。

私の夢を葬る墓穴を目の前に掘りながら、

リラの花が芽吹く暖かい大地にしがみつきながら。

 

私は待つ、穴のなかで、私の倦怠が生まれてくるのを。

―とはいえ、「青空」は垣根の上で笑っていて、目覚めた

小鳥たちが花のなかで太陽にむかって囀っている。

                          木下長宏 訳

吐息

ぼくの心は、お前の額へ。あぁ、静かに思いにふけるぼくの大切な人よ。
朱く染まった色片の散り積る秋が夢見ているお前の額へ。
そして、その天使のような瞳に遠く映っている空へ、
昇っていくんだよ。物憂げな庭のなかで
ひたすら、噴き上げる白い水の吐息のように。「青い空」へ!
―「青い空」へ。弱々しい光で澄み切った「十月」の和らいだ空。
その大きな ( うみ )が映し出すのは、いつ止むとも知れぬ彼女の愁い。
動きのない水の ( おもて )には、死悶える栗色の馬の ( たてがみ )となった
葉群が風に吹き上げられ、その跡が一筋冷たく遺り、
黄色い太陽の長い光を這うにまかせている空へ。
 木下長宏 訳

 海の微風 ( そよかぜ )
 
肉体は悲しく、ああ! 書物はすべて読んでしまった。
逃げ出すのだ! 何処かへ逃げ出すのだ! 小鳥たちが
地上の屑と大空のあいだで酔っ払っているのを感じるよ!
なにものも、瞳に映る古い庭も、
海を求めているこの心を引き止めることはできまい。
ああ、夜の! 白さに護られた空虚な紙の上の
ボクの灯りの淋しい光も、
そして、子どもに乳を与えている若い女も、引き止めはできない。
旅立とう! 蒸気船はマストを揺らしている。
異国の自然へ向かって錨を揚げよ!
〈倦怠〉は残酷な希望に荒らされてはいるが、
でも信じるのだ! ハンカチを振る最後の別れを!
あるいはおそらく、船は嵐に会い、
風に ( かし )いで難破するかもしれない。
迷子になって、舵を失くし、舵を失くし、豊かな島影も見えない‥‥
けれども、我が心よ、聞くのだ、水夫たちの歌を!
                                    木下長宏 訳
 
 

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