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千葉へ行ってきました。鈴木春信(1725?〜70)は、狩野派と対極の位置を取る江戸の絵師、(ふつう狩野派と対に大和絵とその外側に文人画、そして洋風画、そして浮世絵というのが教科書の江戸美術史の構図だけど)狩野派と春信こそ、江戸絵画の二大潮流だと思わせられる底力を感じました。
その弱さ、繊細なあまりにも繊細な筆線、抑制した色遣い(「カラリスト」などと名付ける専門家がいるけれど、狩野派のようにこれでもかこれでもかというような豊穣な力ずくの色遣いと正反対。むしろ名付けるならば、アンチカラリスト!?)。
「紅」と「黒」の使いかたの絶妙さ(これは日本の古代の伝統の発掘と継承と言っていいかもしれない。彼自身は「私はやまと絵師だと言っていたそうです。この「やまと絵」という言葉は、当時の京都の大和絵派の「やまと」ではない意味を込めていたのかもしれない)。
「黒」と「空摺り」と、筆線の「弱さ」に魅了されてきました。それは「紅」と「黄(藤黄)」、今はほとんど退色してしまっているけれど、なんとなく雰囲気として漂っている「青(青花)」の植物系絵具と照和し、それを支えているのが「紙」、上質で柔らかく少ぅし厚めの和紙だということを、じっさいにこの眼で確かめられるのも、ちょっとした興奮です。 もちろん「見立て」の総本家でもあるし、弱さと繊細さは、筆線だけではなくて絵全体の、華奢と呼んでいい雰囲気を作っています。これは「草」の極致。「無文字文化」の特筆すべき継承者を、ここに見つけました。 狩野派の「公」=「真」、それに密やかに対抗する江戸庶民の「私」=「草」の華奢で強靱な心意気、と言ってもいいかもしれません。 展覧会は、千葉市美術館で、10月23日まで。展示替なしです。
期間中にぜひ。「見開き日本美術史」の課外実習として、オススメします。
ほとんどが、ボストン美術館の所蔵品で、ボストン美術館でもいつでも展示されているものではない作品が並んでいます。それだけでも必見です。
取り急ぎの報告です。kinoshitan
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