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次回4月26日(金曜日)19:00〜21:00のABCは、波止場会館4Bです。(金曜日の夜は土曜昼に比べて競争が激しくなく4Bが確保出来ます、もうすっかり馴染みになっている部屋です。)
今回は<無文字文化>が直接の材料ではなく、前回話題にした丸山真男氏の「思想のあり方について」を読んでみたいと思います。
岩波新書の『日本の思想』に入っていますが、これをお持ちでない方も、まだこの「思想のあり方」を読んでおられなくても、わざわざ読まなきゃと思わないで結構です。(もちろん、読んでおいていただくに越したことはありませんが。)
前回は、「縄文時代」「弥生時代」という呼称が、無意識の裡に「元号」のように受け止められている、それはなにか、そうさせている思考の働きの根源にあるのはなにか、などと考えていったとき、そうさせているのはあの「タコツボ型」思考ではないか、ということに思い当たったというような話をしたのでした。それからちょっと、ボクがまだ、18歳のとき、丸山真男氏のこの講演を聴いた思い出話みたいなところへ流れていきました。今回は、
できるだけ、丸山さんの文章を、気をつけてパラフレイズしながら、1957年に行われたこの講演ーそして、あまりにも有名になっている「タコツボ型」と「ササラ型」の考えが、もう少し広い人間の活動のなかで、現代2019年を生きている人間にどんな問題と課題を投げかけてくれるか、眺めてみることができればと思っています。
ボクの考えでは、この「タコツボ型」「ササラ型」問題(とそれにまつわる「イメージ」の問題)は、<無文字文化>を考える上で深く関わって来る。その予感が、この26日<丸山真男「思想のあり方について」を読む>を取り上げさせてくれたと言ってもいい。26日の議論が、いろんなことを考えていった上で、そんな方向へ展開できることを願ってます。
ところで、
二ヶ月先の話ですが、6月20日(木)、パリで「岡倉覚三と『茶の本』」という題で講演することになりました。
で、6月21日(金)のABCは、お休みさせていただきたく、ご了承願います。
そのことで、書き加えておかなければならないことを思い出しました。この二月から横浜の「岡倉天心市民研究会」に招かれて、「連続講座・岡倉覚三(5回の予定)」を始めています。ABCでは、会場にいらっしゃったみなさんにはお知らせしていて、それで参加してくださった方も多いのですが、その後、ブログでの予定公表を怠けていました。二ヶ月一回のペースで、一回目は「老子と岡倉覚三」、二回目は先週で「老子と『茶の本』」。「天心」と呼び慣わしておられる集まりのなかで「覚三」と呼ぶべきだと言い続けているボクの話がどんなふうに受け止めていただけるか、心配してましたが、みなさんに好評なようで、話すのが楽しくなってきています。
ボク自身も久し振りに岡倉の文章なぞ読み直し、あらたな発見もあり、岡倉を考えるのが面白くなってきたところ、フランスでも喋る機会ができて、なんだか、急に「岡倉覚三」が浮上してきている今日このごろです。
横浜での研究会での次の話は7月13日(土)「岡倉の漢詩と老子」を約束しています。場所は未定。詳しいことが決まれば、こんどこそ忘れずにブログで報告します。
なお、二月に話した分のまとめができましたので、これはブログの「ABCの部屋」に掲載します。
ではでは、まずは、26日!
kinoshitan
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