毎日毎日、暑さが続きますが、みなさん、元気でいらっしゃいますでしょうか。
ボクは、結局、避暑もなんにもなく、「仕事」に精出す毎日でした。いや、まだ、「でした」と言えない情況で、毎日、がんばっています。
そんななか、早くも、次のABCが二週間後に迫ってきました。
その次回ですが、とつぜんですが、『竹取物語』を読みたいと思います。
みなさんには、ちょっと唐突ですが、この夏、暑い中で、折に触れて考えてきました。マラルメはあと、「賽の一擲」は読まないと終らないと、思ってはいますが、ちょっと、マラルメから離れてみたいのです(詳しくは、当日)。マラルメから離れて、なぜ『竹取物語』なのか? まぁ、これも当日。
ともかく、次回は、日本語で遺されているもっとも古い「物語」=『竹取物語』です。
誰でも知っている「物語」のようですが、ほんとうに原典を読んだ方は、少ないのではないでしょうか。
原典は、なかなかおもしろいのです。当日、原典のテクストは、用意します。
ところで、いま、六本木のサントリー美術館で、大阪の「藤田美術館」特別展をやっています。
ボクは『自画像の思想史』の校正に取りかかっているただなかなので、もう一度雪舟の自画像を確認に行ってこようと、出かけたのですが、そこで、ぜひみなさんにもお薦めしたい一点と出会いました。それは、雪舟の自画像ではなく、今度の展覧会の呼び物にしている天目茶碗でもなく、じつは、法隆寺の五重塔の北面に(いまも)ある、塑造の涅槃像ーその片割れです。法隆寺を訪ねて、この塑像群を見ようとしても、太い金網越しに照明なく、暗く、目を必死に凝らして見るしかない。それでも、よく見えなくて、なんとなく、雰囲気を味わって塔から離れるしかないのですが、その一躯が、さりげなく、サントリー美術館の一角に明るい照明の下、目の前にあるのです。こういう見方をしていいのか、といううしろめたさもありますが、しかし、これがすごいのです。前からも、後からも、右からも左からも、この小さい塑像が、観察できます。
そして、こうして、隅々まで、見ることのできたこの「法隆寺五重塔の塑像」の素晴しさ。縄文草創期の土偶に通じる、素朴で、ピュアで、生命がおのずから形になったような、絶妙の羅漢像がそこにあるのです。これは、得難い経験です。同じ会場のフロアに、快慶の緻密な手の込んだ佛像が展示されていますが、それはそれ、確かに素晴らしい技術です。が、五重塔のこの塑像の持っている魅力にはかなわない、と唸ってしまいました。
次回には、この話もしたいですね。
この塑像はぜひ見て下さい。明治初期、廃仏毀釈のときに、法隆寺からこぼれでたのを、藤田さんが手に入れたものだろうと思いますが、首都圏に住んでいる限り、なかなか見る機会はありませんから、この機会に!
というわけで、9月5日(土)波止場会館で、お会いしましょう!
kinoshitan
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