木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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次回10月23日(金)の<土曜の午後のABC>は、波止場会館4Bで、《西行》をつづけます。

西行は、25歳ころに出家して、念仏生活と同時に和歌をつくりつづけました。現在手に入る歌集(山家集など)は、彼が亡くなるまでのほぼ50年におよぶ作歌を収めているわけですが、その50年のあいだには、歌や人生、世界について、いろいろ考えの変化があったはずです。その変化を、遺されている歌集からどう読んで行くか。そのことを、ずっと考えてきました。いろいろ、考え、いきつもどりつしながら、前回のABCで、どうやら「願はくは花のもとにて‥」の歌の見通しのある読み(解釈)をご披露できたように思います。そのまとめをエッセイを連載している『八雁』に載せるべく、原稿を送りました。みなさんには、そのうち確認していいただけることと思います(西行を読み始めて一年半、ながいことお付き合いいただき、いっしょに考えてくださったみなさん、ほんとに感謝です)。

しかし、《「西行」を読む=読み直す》仕事は、まだまだ、終りません。
もう少し、頑張って行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

kinoshitan
次回のABCは、103日()14:00〜 波止場会館 4A です。
第一土曜しかも、部屋は4A、と変則続きですが、おまちがえないように。

テーマは、前回に続き「竹取物語」。
前回読んだ所で、かぐや姫が、親を大事にしながらも、自己主張ははっきり通し、決して譲らない、「かぐや姫」という名前から、また、流布されているお話などから刷り込まれてしまった「かぐや姫」像とはずいぶん違う、意外なほど<近代>的?な意識の持主であることが、見えてきました。
「かぐや姫」のような女性が、なぜ、あの時代に好まれたのか。なぜ、ああいう女性が創られたのか、
興味深い問題です。そんなことを、解き明かしていけたらなぁ、と思っています。

kinoshitan
次回ABCは、9月18日(金曜日)19:00〜 波止場会館4B です。

西行の『御裳濯河歌合』を読みます。
いつも、いきつもどりつ、読み進めているのか、読みあとすざりしているのか、わからない読みかたをしていますが、今回もその心がけ(?)は忘れず、読んで行きたいと思います。

kinoshitan
毎日毎日、暑さが続きますが、みなさん、元気でいらっしゃいますでしょうか。
ボクは、結局、避暑もなんにもなく、「仕事」に精出す毎日でした。いや、まだ、「でした」と言えない情況で、毎日、がんばっています。

そんななか、早くも、次のABCが二週間後に迫ってきました。
その次回ですが、とつぜんですが、『竹取物語』を読みたいと思います。
みなさんには、ちょっと唐突ですが、この夏、暑い中で、折に触れて考えてきました。マラルメはあと、「賽の一擲」は読まないと終らないと、思ってはいますが、ちょっと、マラルメから離れてみたいのです(詳しくは、当日)。マラルメから離れて、なぜ『竹取物語』なのか? まぁ、これも当日。

ともかく、次回は、日本語で遺されているもっとも古い「物語」=『竹取物語』です。

誰でも知っている「物語」のようですが、ほんとうに原典を読んだ方は、少ないのではないでしょうか。
原典は、なかなかおもしろいのです。当日、原典のテクストは、用意します。

ところで、いま、六本木のサントリー美術館で、大阪の「藤田美術館」特別展をやっています。
ボクは『自画像の思想史』の校正に取りかかっているただなかなので、もう一度雪舟の自画像を確認に行ってこようと、出かけたのですが、そこで、ぜひみなさんにもお薦めしたい一点と出会いました。それは、雪舟の自画像ではなく、今度の展覧会の呼び物にしている天目茶碗でもなく、じつは、法隆寺の五重塔の北面に(いまも)ある、塑造の涅槃像ーその片割れです。法隆寺を訪ねて、この塑像群を見ようとしても、太い金網越しに照明なく、暗く、目を必死に凝らして見るしかない。それでも、よく見えなくて、なんとなく、雰囲気を味わって塔から離れるしかないのですが、その一躯が、さりげなく、サントリー美術館の一角に明るい照明の下、目の前にあるのです。こういう見方をしていいのか、といううしろめたさもありますが、しかし、これがすごいのです。前からも、後からも、右からも左からも、この小さい塑像が、観察できます。
そして、こうして、隅々まで、見ることのできたこの「法隆寺五重塔の塑像」の素晴しさ。縄文草創期の土偶に通じる、素朴で、ピュアで、生命がおのずから形になったような、絶妙の羅漢像がそこにあるのです。これは、得難い経験です。同じ会場のフロアに、快慶の緻密な手の込んだ佛像が展示されていますが、それはそれ、確かに素晴らしい技術です。が、五重塔のこの塑像の持っている魅力にはかなわない、と唸ってしまいました。

次回には、この話もしたいですね。
この塑像はぜひ見て下さい。明治初期、廃仏毀釈のときに、法隆寺からこぼれでたのを、藤田さんが手に入れたものだろうと思いますが、首都圏に住んでいる限り、なかなか見る機会はありませんから、この機会に!

というわけで、9月5日(土)波止場会館で、お会いしましょう!
kinoshitan


次回の<土曜の午後のABC>は、7月24日(金)19:00〜、波止場会館4Bで、西行『御裳濯河歌合』を読みます。前回、一回「蕪村」に譲りましたので、ひさひさぶりの「西行」という気分です。

西行の歌のなかに潜む《古代》的なものを探して行きたい、とそのことを念頭に置きながら、読んで行きたいと思っています。

当日、『御裳濯河歌合』のコピーをすでにお持ちの方はお忘れなく。(24日に初めての方、コピーを忘れてこられた方は、当日何部か用意しておきますので、ご安心ください。)

             ☆      ☆       ☆

8月のABCは夏休みですが、この8月、毎週日曜日夜8時〜9時の一時間、NHKラジオ第2放送で、「ゴッホの自画像」について(全5回)お話します。

いま、その録音のため、青山のNHK文化センターへ通っています。話の内容は、中公新書と重なりますが、そのほかにいま校正刷と取り組んでいる『自画像の思想史』の一部を取り入れ、中公新書とは異なった「ゴッホの自画像」の話に成る予定です。(中公新書を書いて一年経っていますし、ーー去年のいまごろはこれに取り組んでいたのでしたーーまた、いろいろ考え直すところもあったりー―たとえば、ゴッホが画家になる決意をした時点をいつとするかetc.ーーそういう新しく見つけた問題点など折り込み、ボクにとっては新鮮な「ゴッホの自画像」論を語ろうとしていますー―現在進行中。)以下に各回のタイトルを掲げておきます。

第1回 8月 2日(日)「ゴッホという画家ーその生涯」
第2回 8月 9日(日)「自画像とはなにか―近代に登場したジャンル」
第3回 8月16日(日)「ゴッホー自画像を描かない時代 1880.3〜1886.1」
第4回 8月23日(日)「ゴッホー集中的に自画像を描いた時代 1886.2〜1889.5」
第5回 8月30日(日)「再び自画像を描かなくなるゴッホー1889.5〜1890.7」

というわけです。

テレヴィとちがって、ラジオですから、ラジオの前で一時間もつきあっていただくのは、なんだか苦行を強いるようですが‥

☆       ☆       ☆

土曜日にはマラルメを読んできましたが、その私訳をとりあえず、「マラルメの詩を訳す」と題して「内容報告」にアップしておきます。これで満足というレヴェルにはなかなか届きませんが、それはいつまで経っても無理でしょうから、とりあえずの「未定稿」です。折々に手を入れて行きたいと思います。

kinoshitan



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