木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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それは、いうならば文章を読んでいるときの、読者の頭脳の無意識の部分にそうっと忍び入って、読者のその文章への判断力を、言葉にならない感覚の位相で養成していく─そういう場面で重要な役割を果しているはずだ。(それをボクは以前から「韻律」の問題と呼んできた。)だから、あのリブロポートの『中井正一』を書いていたとき、そのテクストクリティークでもって、全集版を読んでいるときには気づけない新しい中井解釈を、直ちに提出しなきゃいけないとは、まったく考えていなかったのだった。(今後、新しいテクストクリティークによる中井正一の読みかたが拡まっていって、ゆっくりと、新しい中井正一の読みかたと中井正一像がつくられていくための提言ができればいいという考えだった。頭脳の働きの問題というより身体に働きかける問題として、文体の問題を考えることが大切だと思うからだ。)
しかし、後藤氏の批判を喰らって「やられた」と思ったことは確かだ。彼がテクストクリティークの役割にそういう期待をもっていたこと、これは、テクストクリティークを問題にするとき当然心得ておくべきことだったのに、ボクはそれを怠けていたことは確かだからだ。
ただ、敢えていいたいのだが、こういうふうに文章を初出の原文で読むと現代日本語に改竄された文章とこんなに読みが変ってくるよという成果を早急に見せられなければ、初出を大事にしたいという主張などナンセンスではないか(ことわっておくが、後藤氏はボクのやったことがナンセンスだと、そこまでボクを責めてはいない。ただ、後藤氏の批判の主旨を引っぱっていくと、そういう意見にまで辿り着く)、そういう意見は、一種の性急な近代合理主義に陥りはしないか、とボクは思っている。
文体の問題というのは、そういう、すぐに成果を見せられない場面で、じっくりと文章を味わう心がけの問題として、まずは考えて行きたい。それはそのまま、現代をどう生きるか、現代の情況へどういう姿勢で向かい合うか、という生きかたの問題とつながっていくような気がする。

そんなことを、あの席上でいいたいなと思っていて、発言する機会をみつけられないまま閉会になったので、ここに誌しておきたいと思う。                     (2010.12.30)
kinoshtia
先日、大里君の一周忌のことを書いて、思想の科学研究会主催の中井正一シンポジウムへ話が及んだが、そのシンポジウムで、言い忘れていたことを、年の暮れの迫ったここに、悔いのないように記しておこうと思う。

それは、シンポジウムで、一緒に報告した後藤嘉宏氏が、彼の著書『中井正一のメディア論』(2005)のなかで、木下は美術出版社の全集のテクストクリティークの杜撰さを批判し、自分はすべて初出に当って引用したと言ってるが、「具体的に全集と初出でどのように解釈が変るか言及されていないし」「正しいテキストゆえに、木下の解釈が卓越したように思われる箇所も、みあたらない」と批判していることに関連している。これは、なかなか痛烈な批判で、これを読んだとき、ボクは一本やられたなという思いを禁じえなかった。
それをふまえて、その後、ボクは「委員会の論理」を解読する一文を『SAP』(いまは廃刊になった西武美術館の機関誌)に寄せたことがある。
それはそれとして、後藤氏の木下批判は、なかなかまっとうなのだが、じつは、ボクは、あの『中井正一』(これもいまは亡きリブロ・ポートの「日本民間学者」シリーズ)を書いていたとき、こんなふうに思っていた。─中井の文章が美術出版社の全集では原文の味わい(スタイル、語感etc.)が、ほとんど戻り辿れないくらい改竄されている、そこで、初出の姿を少しでも復活させて中井正一を読みたい、そしたら直ちにこんな読解の違いが出てくるといえればそれはそれにこしたことはないが、そうでなくとも、これから中井正一を読んで行くためには、ともかく彼の文章の元の姿に接することができる場面にまず立てるようにすことが大切だ。(つづく)
11月17日は、大里君の一周忌だった。(ボクの記憶に間違いがなければ…)そんなことを書かねばなならないくらい、そのころは忙しかった。
しかし、思いがけないかたちで、ボクは大里君の一周忌を(すぐあとで記すように、それはボクにだけ大里君につうじる理由で)念じることができた。
それは、その週の終りに思想の科学研究会の主催で「中井正一」をめぐるシンポジウムが開かれ、それにボクはパネラーとして参加したことである。

以前、ボクが平凡社ライブラリーから『増補 中井正一』を出したとき、大里君はそれを読んでとてもおおきな反応を示してくれ、「中井正一のことをもっと広く現代思想の問題として考え議論できる場所がほしいよね、といいい、『ユリイカ』はどうですか、ぼくはユリイカの編集長をよく知ってるから紹介しましょう」といって、ほんとうに、神保町のルノワールで会う機会を作ってくれたのだった。
残念ながら、ユリイカの編集長は、中井正一に興味を持ってくれなくて、『ユリイカ 臨時増刊 中井正一特集号』の夢は崩れ去ったのだったが、大里君は、それをいかにも残念がっていて、その残念がりかたが、ボクにはとてもありがたかった。(このエピソードは、去年の追悼のときには書かなかったことだ。)

中井正一というのは、やっぱり今の情況では、売れないんだよな、というのが大里君のボヤキだった。
それが、偶然、こうしてシンポジウムのテーマに掲げられ、その日が。大里君の一周忌にあたっていたことを、ボクはひそかに悦んで、このシンポジウムに臨んだ。大里君が健在だったら、きっと、ここに彼はやってきてくれただろうな、という思いは、ボクの胸に隠しておいた。大里君のかわりに、大里君をよく知っていたかつての横浜国立大学の学生がなんにんか、出席してくれていた。でも、このシンポジウムはボクにとっては大里君一周忌の…なんどということは、そのときは、いっさい言わなかった。いえば、感傷以外のなにものでもなくなると思ったからだ。

ひとは、人の死を(そして誕生もまた)、こんなふうに、私的に、かけがえなく受けとめていくしかないという気がする。

訂正の報告

今朝がた、NHKの「日曜美術館」に登場してゴッホの話をしましたが、一つ間違ったことを発言しているのに気がついたので、いそぎ訂正いたします。
「麦の穂」の作品を、亡くなる一週間前の作で、アナウンサーの中條さんの「じゃ、”烏の群れ飛ぶ麦畑”のあとですか」という質問に「あとです」と応えてしまっています。
これは、「一ヶ月前の作」、「烏の麦畑よりは前だけど、最後の作品の一つとして大変意味深い作品」というべきでした。ここに、訂正いたします。

いやぁ、ひとの前で話をするというのは、やっぱり苦手ですね。よく(ABCでも)、話し終ってから、あ、あのことをいうのを忘れた、とか、あ、思い違いをしていたと気づくことがあります。
前回(11月26日・金)も、その前の土曜に喋ったことがもの足りなくて、「ゴッホの話増補版」としてお話したのですが、やっぱり、このとき、これはいわなければと思っていた大事なことを言い忘れたのに、とあとで気づきました。それも以下に記します。

ゴッホの模写に関して、その方法を分類してみると、つぎのようなことが見えてくる、といったうえでこんな表を書きました。

1)単色版  →ドローイング=初期のミレーを「模写」するゴッホの方法
2)多色摺木版→油彩画   =広重、英泉 
3)単色版  →油彩画   =サンレミ時代のミレー、ドラクロワ、レンブラントetc.

そこから、こんなことが言えるというので、そのあと、大事なことを言い忘れていていたのです。
それは、1、2、3のどの模写方法も、その時代の「模写」の仕事の方法とちがう。伝統的には、模写は、油彩画なら油彩画で模写(つまり同じ表現技法)で模写する(いまも「模写」といえばその方法のことを考えますが)、ゴッホは、そういう伝統的な模写の方法を真似ようとしていなかった、ということです。─その方法の相違点と意味深さもう少し掘り下げて考えて、そこから、彼の「変奏」が生まれる、と話したかったのです。

以上、今回は、訂正のお詫びをもって、報告に代えさせていただきます。
kinoshita
前回(11月20日・土曜)は、「ゴッホの主導による変奏曲」と題して、かれの仕事のなかでの「模写」と「変奏」の意味について考えてみました。
3時間で、まだまだ言い足りなかったことがあって、もう少し展開したいので、今日11月26日(金)のテーマは、

「ふたたび、ゴッホ─ミレーを超えて」

と題してみました。

よろしく。
kinoshita

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