木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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前回(10月22日・金)は、ウフィツィ美術館の自画像コレクションを話題にしました。たまたま、東京と大阪で、そのコレクションの一部が紹介される機会に、略年表を辿りながら、いくつかの作品を眺めてみました。その結果、ウフィツィのコレクションは、それ自体「自画像の思想史」の出来事として意味がある(コレクションの個々の作品の魅力というよりも)ということをお話することができたと思います。
もうウフィツィが集めようとしている(してきた)「自画像」は、現代にあっては、形式的にも内容的にも、まったく魅力を喪っています。現代日本の高名な美術家が三人、この巡回展を機に、ウフィツィに自画像を寄贈してそれも展示されているのですが、これはもうひどい作品です。愚劣といってもいい。おそらく、三人の方々も、これを自分の代表作として数えることはしないでしょう。でも、ウフィツィになら寄贈したいと思ったのは、なに故にでしょうか。
この問題をここで書くのはこのくらいにしておきます。ともかく、ウッフィツィを語る機会に、久し振りに、「自己=人間」vs.「世界=他者」の関係意識の変遷図を増補することができました。

次回は、第二土曜は大規模な国際会議が横浜で開かれている真最中で、波止場会館が使えず、第三土曜の11月20日に変更しました。翌週の金曜日(11月26日)と、間隔がありませんが、どうかよろしく。
次回は、また、ゴッホを語りたいと考えています(その理由は、当日!)

なお、11月27日(土)午後から、同じ波止場会館で、思想の科学研究会主催によるシンポジウムが開かれ、「中井正一」がテーマで、ボクも後藤嘉宏さんと二人で報告をします。参加費500円とのこと。ご興味のあるかた、いらしてください。詳細は以下のHPをごらんください。
http://www.shisounokagaku.co.jp/news/2010/10/000012.html

ついでに報告しておきますと、その翌日のNHKの日曜美術館に、ボクが出演する予定です。(まだ録画撮りは終ってませんが)。
ではでは、
kinoshita
次回は、10月9日(土)14:00〜
場所はいつもの波止場会館
「北斎」に挑戦してみたいと準備を進めています。

前回の金曜(9月24日)はゴッホをとりあげてみました。
いま、六本木で開かれているゴッホ展は、ゴッホなら客が集まるだろうとばかりに、借り物をつまみ食いしたような、内容のまったく貧しい(オーヴェル時代の油彩画が一点しかない!)展覧会ですが、それでも、とにかく、そこには本物の作品があるので(とはいえほとんどガラス越し、筆触の感じがつかみにくい、でもあらかじめその心がけをもっていると)、複製画集ばかりみている眼には、勉強させてくれることがいろいろあるだろう、という展覧会です。そういう、きっかけになればと、話してみた金曜日の夜でした。

新宿では、ウッフィツイの自画像コレクションの一部を借りて来てみせてくれています。めったにみられない自画像があるので、おすすめです。とくに、近代以前の作品が、こちらは、額にガラスを入れていないものが多くって、まじまじとみられて、たのしめました。
近代以降の自画像は、どうしようもなく「貧しい」という印象でした。現代に至れば、もう「自画像を作って見せる」ということ(行為自体)が恥ずかしいことかもしれません。小さな展覧会ですが、そのことがよく納得出来る展覧会でした。
(きょうは、どうも「貧しい」という言葉がよく出てくるようです。)
kinoshita

7月第四金曜は…

7月23日(金)の「土曜の午後のABC」は、「自画像の思想史─日本・近代以前 総集編」として、
「近代以前の日本の自画像 best 6」と「雪村の二つ目の自画像」を話題にしました。

「近代以前の日本の自画像 best 6」は、ボクとしては「明兆、雪村、又兵衞、守景、蕪村、良寛」を選んだのですが、そのうちの、雪村と良寛、明兆についてはまだ、詳しく話す機会がなかったので、この機会にまず、雪村をとりあげました。(守景については去年、金沢での守景展をみた報告がてら「美術史散歩」のテーマにとりあげ、かなり喋ったし、又兵衞と蕪村については第一期にBとUでとりあげています。)
そこで23日は、雪村の自画像は二点あるという「発見!」の報告と、雪村が日本の絵画の大切な伝統である「滑稽」「笑い」を実践した画家であることなどを喋りました。日本の絵画の伝統として「遊び心」が重要であるという意見はつとに語られていますが、ボクは「遊び心」というような上品な姿勢ではない、もっと、ときには豪快に笑いとばす機微が大きなモードとしてあったと考えています。

それにしても、美術館に行って大声で笑うなんて習慣は禁じられ、かつ忘れさせられてさえいる近代人のわれわれは、どのようにして、繪をみて笑うすべを復活させればいいのでしょうか。

とりあえずの報告です。
kinoshita

前回は…

前回、7月10日(土)は、前半は、日本の自画像(江戸以前)68人の作品をどのように類型かするか、という問題を「form= 形式」「motif= 制作動機」「mode= 様式」という視点から7つのタイプを設定して、考えてみました。これは、いままで、いろいろ探って来た「日本の自画像(江戸以前)論」のまとめになるものでした。これで、日本の自画像(近代以前)を、歴史として理解出来るパースペクティヴができました。
その日の後半は、本居宣長と上田秋成の自画像を比べてみることにし、まず、二人のそれぞれの生きかたを概観し、自画像が彼らの人生と響き合うおもしろさを、探ってみました。
その自画像は、宣長が、modeとしては「歌仙系」(日頃したこともない胡座を組んで端然と座り文机や山桜の枝をあしらって短歌を添える寿像を作る宣長。その絵から、40年打ち込んだ「古事記」研究を完成させ、死んだときには500人近い門人を記録していた宣長が見えてくる)、秋成が「俳画系」(海老に自分を見立てて狂歌を添えて自分を茶化す秋成。弟子はとらないと宣言して大阪や京のいろんな分野の人と交流し勉強しつづけた秋成がそこから見えてくる)に属し、それぞれの絵の味わいとおもしろさは、二人のいがみ合いにちかい論争など(宣長が秋成に詠った歌「清めおく道さまたげて難波人あしかる物をとがめざらめや」vs.秋成が宣長のことを詠った「ひがごとをいふてなりとも弟子ほしや古事記伝兵衞と人はいふとも」!!)と重なり合い、江戸中期関西地方に住む知識人の対照的な生きかたを浮彫にしてくれました。
と、まあ、こんな感じで、次回も日本の自画像(近代以前)を、これからは、もっと個々の作品に近寄りながら訪ねて行きます。
kinoshita


前回は…

前回・6月25日(金)は、「日本の自画像(近代以前)」の総集編と銘打って、これまで蒐集した100点近い自画像作品をあらためて概観し、それぞれの特徴を整理するための類型を考えてみました。
自画像作品の背後に隠れている思想(その日本列島的ー東アジア的特質)を焙り出そうという試みです。
これは、一日では終ったとはいえなく、これから、さらに機会をみつけて詰めて行かなければならないと思っています。
とりいそぎ、報告だけ。
kinoshita

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