木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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5月から、日本の近代以前の自画像の実態を考えようとしてきました。
70人近い人たちの描いた、100点近い自画像作品を集めることができたので、それらをとおして、どんな(美術史を考える上で大切な)問題が拾い出せるか、そこから思想史としての意味をどうやってみつけることができるか、みなさんの意見も聞きながら、進めています。
前回(6月12日土曜)は、そこでちょっと立ち止まって、そもそも「自画像」と「肖像画」を区別するものはなにか、という問題から、「絵画」は、「画面に描き出されたもの」と「画面に隠されたもの」の二つの層から成り立つこと、この二つの関係のとりかたが「絵」を存在させていることを考えてみました。そして、この二つの関係に対する姿勢が、ヨーロッパと東アジアとでは、どんなふうに違っているかについても、駆け足ですが、考えることができました。
「自画像の思想史」の、哲学的な基礎固めを試みたというところです。

以上、とりいそぎ、報告まで。
これらは、出来るだけはやい機会に文章にして、HPに掲載したいと思っています。
kinoshita

4月の報告

4月16日(金)はその前の10日(土)にご紹介した、「自画像の展開─ヨーロッパ篇(発生から現代まで)」の展開図(表)から、とくにヨーロッパ初期(発生から14、5世紀まで)にみられる自画像のありかたを、作品に即しながら追っかけてみました。
ヨーロッパでは、一つの論理的な筋道を追うように「自画像」が展開していくのが観察できます。逆に、「自画像」をキイワードにすると、美術史の総体が読みなおせることもみえてきました(詳細の議論は出来るだけちかいうちにHPに掲載したいと思っています)。
ものすごくたくさんある自画像の作品例から、作品を選びつつ、歴史の文脈のなかにとらえなおしていくのはとてもスリリングがな作業です。
5月8日(土)は、前回の土曜日に提示した「自画像の展開─ヨーロッパ篇」に見合う「日本篇(発生から現代まで)」をご披露します。ヨーロッパ篇をもういちど復習してその考えかたと日本篇はどう異なった展開をみせるか、そこがみどころです。
ではでは、8日に。
kinoshita

近況報告

前回、新年のごあいさつをして以来、ブログから離れてしまい申し訳ありません。
二月三月、とべらぼうに忙しかったせいもあるのですが…
まだちょっと、そのいそがしさは続きそうですが、言い訳をしているばかりではいけません。
とりいそぎ、きょうは、近況報告を少し─

前回の「土曜の午後のABC」の土曜日(「美術史散歩」の日)は、ちょうど、東博で等伯展をやっていたので、長谷川等伯のことを考えてみました。
あの「松林図」がもてはやされるようになるのは、1930年代に入ってから、つまり昭和になってからなのですが、なぜ、近代になって脚光を浴びるようになったのか、そして、あの作品の味わいはどこにあるのか、それはどこからくるのか、といった問題を考えてみました。
あらためて「画説」を読み直し、参加してくれたみなさん、いろいろ発見するところあったかと思います。
いずれ、文章化したいと思っています。

4月5日は、京都精華大学に招かれ、新入生のみなさんに、一時間半喋ってきました。
いずれ自分のやっていることに疑問と絶望を感じる時がくる、そのときどうすればいいか、ジャコメッティの仕事をちょっと紹介しながら話してみました。これも、ちかぢかHPにアップしたいと考えています。

「土曜の午後のABC」は、「自画像の思想史」を続けていきます。
kinoshita

今年は横浜で新年を迎えました。
午前0時、元旦に暦が替ると、港に停泊している船がこぞって一斉に汽笛を鳴らします。山下公園辺りに集まって爆竹をはじかせ騒いでいる声も呑み込み、汽笛は、長ながと、折からの満月の夜空をおおいつくすかのように響かせていくのが窓から聞こえてきました。
暦が替ったからといって、去年から続けていたことが急に様相を変えるわけではありませんが、船が一斉に鳴らす汽笛は、オーケストラが演奏前に音合わせをするように響き合って、そのあとにどんな演奏がくりひろげられるのか(つまり、来る年へのそれぞれの期待と思いを抱いて)、ちょっと居ずまいをただしてみたい気持ちにさせられます。
というわけで、今年も去年の続きに取り組みます。
よろしく。
2010.1.1 kinoshita
 
               ☆     ☆     ☆

(つづいて、「初夢報告」)
 
ことしの初夢は、傷ついたブルテリアの仔犬だった。
両足首を切断された真っ白のブルテリアの仔犬が、ボクのところへ連れてこられた。なぜボクのところへ連れてこられたのか、理由は判らない。仔犬は苦しんでいるようでもなく、キョトンとした眼つきでボクを見ている。足から血も流れていない(夢ならではである)が、ともかく痛々しそうで、なんとかしなきゃならない。病院へ連れて行くか、それとも、とウエブを調べたり知り合いに電話をかけたりして、ようやく、ボクのところへ置いてやればいい、その代り傷口をよく洗ってやって化膿しないようにし、排便のあとのお尻をきれいに拭って清潔にしてやりさえすれば(とこのへんが妙に細ごまと具体的なのである)、傷はだんだんと癒えてき、仔犬もはじめのうちは痛がって啼くだろうけれどそんなに苦しむことはなく元気になる、という結論になった。
そして、この傷ついた仔犬はボクの部屋に住みつくことになった(いまボクの借りている部屋は犬を飼ってはいけない契約になっているのだが、夢のなかでは、そんな問題はぜんぜん配慮の対象にならない)。
両足首のないブルテリアの世話に明けくれる新年がはじまり、新年会をやろうと若者たちが集まってくれた日、ボクはこのブルテリアをみんなに紹介するのだった─そこで眼が覚めた。朝の7時だった。

昨夜(大晦日)は、遅い夕食のあと、ふと机のすぐ脇に立てかけてあるレナード・バーンスタインの『答えのない質問』(みすず書房)をとりだし読み始めた。ずいぶん開かないまま、しかしいつも近くに置いてあった本で、開くと、栞代りに使っていた10年前の群馬県立近代美術館の入場券が出て来た。チョムスキーの言語論に触発されて音楽の起源を考えようとするこの本は、読んだ当初大きな刺激と啓発を受けた大切な本だ。既成の領域の垣根を超えて、美の起源を訪ね、そこから現在と未来の人間のありかたへ「答のない問い」をみつけだしていくバーンスタインのやりかたは、おそらく、いまのボクが考えていることの発端を用意してくれたといってもいい。つい読み惹かれて、第一章を終ったとき、暦が替る時刻となり汽笛の祝奏を聴きながら、TVのスイッチをひねると、画面は、イチローの9年間にわたる2030本のヒット映像をつぎからつぎへと映していた。2030本目の映像は朝の5時ごろだという。以前から大リーグのBSTVは、気が向くとみたものだ。日本のプロ野球の放送は球場で騒いでいるフアンの声援や囃しが喧しすぎてスイッチを切りたくなる。大リーグは、ときどきこれがメジャー野球かといいたくなるへまもやっているが、やっぱり野球というものの最高レベルの技をみせてくれて、見終ったあとのカタルシスがいい。野茂が大リーグに行ったころは、日本人の選手なぞ一人もいない大リーグの試合をBSで放送していて、それをボクは好んでみていた。もちろん,野茂が登板する日はわざわざ待ってみた。野茂は、あのころのボクには励みを与えてくれる友達のように見えた。その姿は、ハンディを背負って自分の限界に挑戦していく姿と重なってみえた。
そんなことを考えながら、5時までイチローとつきあうのは遠慮して、そそくさと風呂をすまし眠りに就き、その眠りのなかで、ブルテリアの夢をみたのだった。
今年は、この仔犬といっしょに暮していくことになりそうな予感がする。

昨日、12月12日(土)の報告と同時に、2月の<土曜の午後のABC>の日程変更をお知らせしましたが、今日横浜美術館から連絡があって、1月30日の<自画像/肖像画から学ぶアートの歴史>のギャラリートークの時間を変更しなければならなくなりました。一月、二月の日程は、以下の通りです。よろしくお願いします。

<土曜の午後のABC>
1月22日(金)19時〜21時

2月6日(土)14時〜17時 そのあと中華街萬来亭で17時30分より新年会

2月26日(金)19時〜21時


<横浜美術館ギャラリートーク>

1月30日(土)13時〜14時30分


青字が変更部分です。
kinoshita

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