木下長宏のウェブログ

網膜に積もる淡雪のように(まとめサイト:http://kinoshitan.com)

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「次回のお知らせ」のさい、うっかりしていましたが、3月9日(土)14:00〜の波止場会館は、3階の中会議室です。お間違えのないように!

なお、5月11日(土)も3階です。その日を除いて、現在、

3月22日(金)19:00〜
4月13日(土)14:00〜
4月26日(金)19:00〜

5月11日(土)14:00〜 この日は3F
5月24日(金)19:00〜
6月08日(土)14:00〜

まで、いつもの、大桟橋を臨む4Bの部屋を確保しました。
あと8月までの日程は、第2土曜、第4金曜のペースを守り4Bで続けられるようがんばります。

とりいそぎ、

kinoshita


先日の18日(金曜日)、今年最初のABCでしたが、今月と来月は変則で、次回は、すぐの今週の

1月26日(土曜日)14:00〜 です。

「宗教と芸術をめぐって」を継続して考えます。もういちど、宮澤賢治を考え直すところから、始めようと思っています。
宮澤賢治を、「宗教と芸術」というテーマの下で考えると、彼から、「キリスト教」と「法華経」の二つの道が拓かれていくんですね。そこら辺を見極めます。

そのあと、17時30分から、中華街の「菜香新館」で、冬の中華料理を囲みたいと思います。
宴席だけでも間に合うかたは、直行してください。二階の小部屋で、「木下」の名前で予約してあります。

ではでは、
よろしく。

kinoshita

PS:2月も不規則で、22日(金)のみです。
9日(土)に間違って波止場会館へ来られるようなことのないように。

それから、もう一つ、お伝えするのが遅くなりましたが、
ABCの前日の25日(金)、みなとみらいにある「はまぎんホール(横浜銀行本店一階)」で、13時から、<「岡倉覺三」の再評価のために>スピーチをやります。そのあと、小泉晋弥、村井則子、山下裕二の三氏とのシンポジウムも用意されています。ウイークデイの昼間ですから、なかなか都合がつけられないでしょうが、都合がつけば、お出で下さい。
主催は、横浜国立大学と神奈川新聞です。

金曜日は<ミケランジェロの詩を訳す>という看板を掲げていますが、そのタイトルのもと、いろんなこと(そのときにいちばん考えたいこと)を課題にしていきたいと思って、これまでもそうしてきました。(<ミケランジェロの詩を訳す>という仕事はそういう意味を担っていると思うからでもあります。

で、今年最初の<金曜日>は、白隠を採り上げます。

ちょうど、渋谷で展覧会をやっていますので、その展覧会を楽しく観るのにお役に立てばという老婆心も少し。もともと、白隠はボクの「自画像の思想史」日本篇で、たいへんおおきな位置を占めていましたから、(いま、とりあえず、この『自画像の思想史』を脱稿した機会に)、これまでの総集編のような形で報告したいと考えた次第です。

寒さ厳しいさなか、みなさん、体調にはくれぐれも気をつけてください!

では、明日!
kinoshita

9月28日(金)の報告

9月28日(金)の夜は、まず前回とりあげた、松本竣介のことをもう少し補いたいと思うところから始め、あのときの話を要約したエッセイを『八雁』という阿木津英さんが主催している短歌の機関誌に掲載したので、それをお配りしました。そこに書いた、彼の「全日本美術家組合」の構想は、『美術』という雑誌(当時唯一の美術雑誌)に発表されたのだけれど、それがどんな扱いだったかを、じっさいの『美術』をもってきて、みてもらいました。それをみて、はじめて、資料集に収まってしまうと視えてこない位相というか現実が読めます。「歴史」と「現実」は、簡単に言語に還元してしまうことはできないのですね。

それから、「戦争×絵画」シリーズ最終回として、いま準備中の「日本帝国と台湾・南方」の巻の口絵を、編集過程の内部事情なぞご紹介しながらお話しました(掲載許可をもらえない絵が出て来て、それがまさかと思っていたので、すでに「口絵紹介」の原稿は初校が上がっている段階まで進んでいたのですが、それを廃棄し、新しい作品を見つけ、原稿も書き直したのです。いわば、一つの巻に二つの原稿と口絵ができてしまったわけです。もちろん、公刊されるのは、一つだけですが、捨ててしまったほうも、ぜひ読んでもらいたいので、それを紹介しました)。
あらためて作り直した口絵が、とても運のいいことに、いままで、日本で紹介されたことのない作品(林玉山=リン・ギョクザンの「献馬図」)で、すでに用意していた歐陽文の「二二八 一甲子」も本邦初公開ですから、今回は、日本ではほとんど知られていない台湾の作品二点を紹介する口絵になったというわけです。それに絡んで、認識不足がちの台湾の現代史についてもいろいろご紹介することができました。この口絵が載っている『戦争×絵画』第18巻は、年末配本なので、金曜日に来ていただいたみなさんには、一足早くそれをみてもらったという次第。

すでに予告したように、10月からは、気分を一新、第七期という構想で始めます。
よろしく、お願いします。
kinsohita

残暑お見舞い、

相変らず、暑い毎日です。みなさん、暑さに負けず、お過しのことと思います。

前回、7月の金曜の夜は、<戦争×絵画>をテーマにしつつ、集英社の『戦争×文学』の口絵から離れて、松本竣介の戦中から戦後の生きかたについて、彼の絵と文章を読みながら、考えてみました。葉山の俊介展をみながら、こどものころ聴覚を失ったこと、そのことが彼の絵と文学に与えている問題(絵をみていると、ボクは彼の彼にしか聞こえない歌のような、くぐもった声が聞こえたこと)から、戦後すぐに書いて朝日新聞に没にされた「芸術家の良心」という文章とその二ヶ月後にみんなに配った「全日本美術家に諮る」という文章の意義、というか、戦後(彼の死後)だれもがその提案を大切にしようとしなかったことの問題など、話してみました。俊介は、「全日本美術家に諮る」の文章のなかで、戦中の自分の生きかたを厳しく批判しようとしています(それが「新人画会」を戦後も継続しなかった大きな理由です)。ここから投げ返される問題をどう受け継いでいくか、これからも考えたいし、考えなければいけないと思います(これは、2011年3月11日以降の生きかたと深く関わってくるようです)。

8月になると、儀式のように、TVでは「戦争」の番組を組み、新聞や雑誌でも特集を組みますが、それは、8月だけでなく、いつも考えていかなければならないことです。そして、「戦争」をあの戦争の時代の問題として処理するのでなく、「戦後」と現在とのつながりで(「現在」を考え直すための経験として)考えねばならない、と思います。つまり、戦後を生き今日ここまで来てしまったわれわれは、「戦争」時代に経験したことをどうつなげているか。松本竣介のばあい、「生きてゐる画家」だけに光を当てるのは、戦後の人間の「逃げ」のような気がします。”そして、戦後、まもなく「全日本美術家に諮る」のような文章を遺して消えていった”…で済ましてはならない。ということです。

とまぁ、もっと、議論したいですが、暑いですから、今日はこれくらいで、前回の報告に代えます。
ではでは、また、9月に。
kinoshita


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