|
■35歳の高校生■
日テレのドラマを見ている。久しぶりに腹の立つドラマだ。 猿渡という社会化の高校教師が、自殺(未遂)までに追い込まれる。ちょっと前は指導熱心ないい先生だったのに、何かのきっかけでやる気のないダメ教師に。陰番的な生徒のいいなりになったり、教師仲間にも嫌われる始末。両手を荷物でふさいで乗り合わせたバスで、女子高生にちかん呼ばわりされる。教室でヘンタイと名指しされ怪文書が。先生は、突然上階から飛び降り・・・ こわい、こわい。いまやこれは絵空ごとではなくて、妙なリアリティがある。当の先生自身が精神的に弱いことは否めないが、場の空気に合わない奴、ちょっとできない奴、不器用な奴を職場で追い詰めていないだろうか。 また本筋とは離れるが、「引き寄せの法則」を思い浮かべた。俺はダメだ、奴らはひどい、社会が悪いなどと、ネガティブなことを思い続けていると、その通りに悪いことばかり身に起こるようになる。 会社員、公務員だって勿論事情はあまり変わらないだろうが、人を抱えて事業をやっている事業主の不安たるや、胃に十個も二十個も穴があく位だ。心配事をくよくよ考えていると、不安が的中することになりやすい。アイドルの歌ではないけど、叶わぬ夢などない、未来を信じて「天下をとりにいくぜ」なのだ。無批判、無反省ではいけないのは当たり前だが、他人のいいところを見て、ポジティブに、いや「楽天的」に過ごしていきたい。本来の意味は違うかもしれないけど、ケ・セラ・セラ、ケンチャナヨ、なんくるないさ〜なのだ。 連休の残りは、ぼんやり過ごそうと思う。ポジティブでいるのもエネルギーがいるので、今は休養のとき。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
アメリカのとある少女のお話です。
彼女は、重度の言語障害を抱えていました。小学校で問題児扱いされ、友達からも気味悪がれ、いじめられる始末。先生も彼女が何を言っているのか理解できません。
学校は彼女に医者の検査を受けさせました。その結果、彼女は18の音を正しく発音できず、文法を正確に理解できていないことがわかりました。
医者は、彼女と彼女の母親に、その当時の医学では治療できない、普通の学校ではなく福祉施設に転入するよう勧めました。
彼女は打ち捨てられた、みじめな気持ちになり、泣きだしてしまいました。彼女は他人の言うことは完璧に理解していたのです。
母親は、彼女の前にしゃがみ、両肩をしっかりとつかむと、こう言いました。
「自分の限界を、他人なんかに決めさせるんじゃない。自分の限界は、自分が決めることよ。」
母親は、彼女を普通学校に通わせ続けました。
彼女は、自己鍛錬をもって障害を克服し、長じては全米ディベート大会で何度も優勝し、いまやコーチングの会社を経営しています。あのとき、医者の言うまま限界を信じ込んでいたら、今の彼女はありませんでした。
|
|
尾生の信というお話をご存知ですか?
昔、中国にそれはまじめで堅物な尾生という若者がいました。その尾生、街の綺麗な豹という女の子に惚れてしまい、猛アタック。なんとか、デートの約束までこぎ着けました。必ず会いに行きますから、橋の下で待っていてくださいね。
尾生君、待ち合わせ時間に橋の下で待っています。ところが、豹ちゃん、全然やってこない。そのうち、雨が降ってきて、川の水かさが増してきました。豹ちゃん、やってこない。尾生君、必ず来るという言葉を信じて、じっと橋の下で待っています。
どんどん、どんどん水かさが増してきて・・・ 腰を濡らし・・・ 肩を濡らし・・・ 流されないように、橋桁につかまっています。豹ちゃんの姿を求めて・・・ 橋の上を見ますが、やはり現れません。そして、とうとう力尽き・・・
溺れて川に流される尾生の背中を、雨のやんだ空に浮かぶ満月がぼんやりと照らすのでした。
さあ、尾生をどう思いますか?
ひとつの解釈は、意固地は命捕りになるぞ、世を渡るには柔軟さも必要、というもの。
もうひとつの解釈は、命がけで約束を守ろうとした、その心意気をほめるもの。
さあ、あなたはどっち?
ボクは、男は馬鹿であわれな生きもの、やっぱ女ってこわい、かな。
|



