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41 土佐っぽ
玄関に、坂田氏に輪をかけたように小汚い大男が立っていた。よれよれの着物、あちこちほころんでる袴、ぼっさぼさの総髪を無造作に後ろで結んでいる。
「やあ、坂本さん、これは珍しい。」
「あら、朝の稽古はもう済んでしまったんですよ。」
坂田氏とおサノさんが出迎えた。
「いや、剣術の稽古をしにきたんじゃないのです。挨拶ばぁ、しにきました。」
坂本と呼ばれた男は、にかあっと笑った。おや、笑うと結構魅力的じゃない?
「藩から許されとった期限がもうすぐ切れます。土佐に帰ることになりました。」
「それは寂しくなりますねえ・・・ でも仕方ないですね。」
「おサノ様にはお世話になりました。紹介していただいた表の千葉道場で、免許皆伝となりました。鼻高うして帰れますキニ、あっはっは。」
「それはおめでとうございます。始めた頃はほぼ一緒なのに、断然引き離されてしまいましたね。」
「坂田さん、あんたは剣が嫌いなんだろう? サムライとは不便なもんだのう、仇討なんか、やーめたと言えんもんかのう。」
「ほんと、やめられるもんならやめた・・・痛っ! 」
おサノさんが坂田氏の背中を平手で打った。
「もうっ! そんなんだから、いつまでたっても上達しないんですよ! 」
「あっはっは! おまんら、仲いいのぅ! ・・・ところで、そこの人は誰ですかのう? 」
はっ、しまった! 実体化したまま、つい近づいてしまったらしい。盗み聞きしてたみたいで、嫌だわ。あ、盗み聞きしてたのか。
「ああ、こちらはお岩どの。お子さん2人を今日入塾させたので。」
「どうぞよろしくって、もうお別れですね。」
「まっこと残念! こんな美しい女子と知り合ったとたんに別れにゃならんとは、地獄ですらい! 」
そう言って、いきなり両手をとり、ぎゅっと握ってぶんぶん振りまわした。美しい女子・・・ ふふふ、なんか悪い気しないわ。
そこへ・・・
バシーン!!
坂本さんの後ろ頭に、竹刀がさく裂。
「竜馬さん! ちょっと目を離したらこれだっ! まったく油断も隙もあったもんじゃない! 」
柳眉を上げ、にらみつける女性が竹刀を握って立っている。
「何をするんじゃあ、お佐奈さん・・・もうお別れじゃきに、ちくぅと優しくしてくれんかのぅ。」
「・・・ だから、もっとそばにいて欲しいのに。」
「え? なんて言ったんかな? 」
「もう、知りません! 」
頭から湯気をたて、お佐奈という人が立ち去っていく。
「待ってくれ、お佐奈さん! ・・・じゃあ、わしはこれで! 」
・・・
「なんか、突風のような人達でしたねえ。」 私は、思わず感想を漏らしてしまった。
「ええ、本当に。」
ん? おサノさんに、おサナさん。坂田さんに、坂本さん。なんか、ややこしいわね。
「・・・ そうか、サムライだからいけないんだ・・・ サムライじゃなければ・・・ 」
「え? 何か行った、坂田さん? さ、子供たちが待ってますよ。もうちょっと手伝ってくださいな。」
「はい。」
私は聞き逃しませんでしたよ。私は武家の出だから考えにくいけど、このご時世、侍じゃない方が生きやすいかもね。
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【小説】ロック・ザ・稲荷
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40 寺子屋 その2
「おサノさまー、おはようございます!」 「おはようございまーす!」
子供たちが、狭い道場にひしめいている。中には、赤ん坊を背負っている子どもまでいる。勉強の場というより、子供預かり處といった様相を呈している。
子供たちは長机でいくつかの島を作り、こちらの島ではお習字を、あちらの島では算術を、というように何人かに分かれて別々の課目を勉強している。おサノさまと、坂田氏、島々をわたりながら、子供たちを指導している。
「左娘、右坊、ちょうどいいわ、あんたたちここで勉強教わりなさい! 坂田氏に近づいて、情報をとるのよ! 」
「え〜、やだよ〜。」 右坊が鼻を鳴らす。
「あたしはいいわよ。勉強きらいじゃないし。」左娘は勉強ができるので、鼻が高いようだ。
「さあ、実体化して、仲間に入りましょう!
・・・ 頼もう! 」
「はぁ〜い、どちらさま? 」
おサノさまの横から、坂田氏が
「おや、お岩どの。お子たちまで。今日は何か? 」
「いえね、うちの子供たちもここでお勉強を習わせていただけないかと思いまして。」
「ええ、それは構いませんけど・・・ じゃあ、早速どうぞ。中に入って、みんなと一緒にお勉強しましょう。」
おサノ様が、左娘、右坊に声をかける。私もついでに入っていって、子供たちの席につく。
「・・・ ん? あなた、それなんていう字? 儚
はかな
い? 夢
ゆめ
?? あら、ゆめには『にんべん』つかないわよ。ほら、こうやって、こうして、こう書くの。」
「ほう、お岩どの、文字がわかるので? 」 坂田氏が半紙をのぞきこんできた。
「え? ええ、まあ。」
「もしかして、武家奉公でもなさっていたとか・・・? 」
「い、いえいえ、私はカミ・・・ 」
「カミ? 」 まさか、神様ですなんて言えない。
「か、髪結い床で、修行を・・・ 」
「髪結い床? 失礼ながら、髪結い床でどうして文字を? 」
「ほ、ほら、髪結い床ではいろんな人が、いろんな噂話をするでしょう? そうした噂や裏話をそっと紙にまとめて、瓦版屋に売って・・・ 」
「そ、そいつぁ物騒な髪結いですなあ! 」
「げぼっ! 」 後ろから左娘に背中をどつかれた。
「お岩・・・ おっかさん! 何脱線してんのよ! いえね、おっかさんが勤めていた髪結いさんは、お武家さまのおぐしも整えることができる免状をお持ちだったんです。お武家さんをあちこち渡っておりますと、やれ、あちらの何家に言付けを、とか、そちらのご内儀に連絡を、とか文を言いつけられることがおおございまして。それでどうやら文字は憶えたんでございますよ。」
「ははぁ、そうでしたか。・・・ いや、しっかりした娘さんですな。お左余さんでしたっけ? 感心感心。」
「感心なんかしてる暇があったら、あだうち・・・(むごむごむご)」
私は慌てて左娘の口を押さえた。
「おほほほほ! さあ、右の助、あなたは算術を教わりなさい。」
「・・・ もうできた。」
「え? 」
「どれどれ・・・ あ、ほんとだ。全部できてる。」 おサノ様が書き付けをチェックする。
「へえ、すごいねえ、右の助君! そうだ、こっちの問題、やってみて? 」
「あ、これ、次の月蝕の日付だね。・・・ ちょちょちょいっと。なんだ、明日の夜だねっ! 」
顔を見合わせるおサノ様と坂田氏。
「・・・ 合ってるので? 」
「いえ、私にもわかりませぬ。・・・ 明日になればわかるでしょう。」
その時、玄関から呼ばわる大声が聞こえてきた。
「おおーい! おサノどのー、坂田どのー! 出てきてくれんかのお! 」
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39 寺子屋
「さあ、かかってきなさい! 」
白い道着に白い袴、面はつけていない。竹刀を青眼
せいがん
に構え、きりりと佇
たたず
む、サノ女。
対するは、よれよれであちこち塩が吹いてる、いかにも不潔な道着、ボロボロな面をつけた坂田氏。
「うきゃぁぁあああああ!!! 」
変てこな掛け声とともに、竹刀をふりあげ、サノ先生にかかっていく。かかり稽古とよばれる訓練で、一方が面、小手、突き、胴すべての打ち込みをランダムにすごい勢いで行い、受け手がそれを避けたり、払ったり、あるいは隙を見て逆に打ち込んだりする。攻め手はずっと打ち込みを行うので、体力をかなり消耗するきつい稽古だ。
「めぇええん! こてぃええ!! どっ、めえええん!! 」
パァーン! シパーン! パァアアーン! サノ先生は悉く坂田氏の竹刀を自らの竹刀で軽くかわしていく。
「甘い! 」と叫ぶと、竹刀が振り降ろされ、坂田氏の頭頂部にぶちあたる。どすっと鈍い音がして、坂田氏がよろりと揺れる。
「気合を入れよ! 」サノ先生が叫び、「はいっ! 」と答えてさらに坂田氏が竹刀を繰り出す。
パァーン! シパパーン! スパーン!
坂田氏があきらかに体力ゲージを下げ、足元がよろよろしてきた。
「そんなんで、仇討本懐
あだうちほんかい
がなるかっ! それでも男かっ! 」
どちらの批評に反応したのか、うぐと唸ると、坂田氏の勢いが一時回復する。パアーン! スパァアーン! 激しく面と小手が繰り出される。しかし、体力の限界はあきらかで、肩で息をしているのがわかる。
もはやこれまで、と見たか、サノ先生は攻撃に転じ、「こてっめぇええええーーん!! 」と涼やかな声を道場に響かせたかと思うと、坂田氏の右小手に竹刀を当て、坂田氏が竹刀を落すと、頭上に重い一発を当てた。
がくっ
坂田氏は膝を落とし、そのまま道場にうつ伏せで倒れこんだ。
サノ先生は、倒れた坂田氏に近づくと、腰をおろし
「坂田殿、また朝ごはんを食べてませんね・・・ ほんとしょうがない人」
すっと立ち上がり
「握り飯と味噌汁を差し上げますから、はやくその汗臭い体を井戸水で洗ってらっしゃいな」
握り飯、に反応したのか、むくむくと起きあがると
「かたじけない・・・ 」
よろよろと道場の隅で防具を解き、片付けると裏庭の井戸に向かった。ふんどし一丁になり、腰をかがめて井戸から水を汲み体に掛ける。
ザバァーッ! ザバァーッ!
手ぬぐいを絞って、体のあちらこちらをこすりつける。
「良太郎さん、はい、これ」
道着から薄桃色の着物に着替え、すっかり普通のお嬢さんにもどったおサノさんが、あたらしい男物の着物を腕に抱えてやってきた。
「あ、先生」
すっと立ち上がり、濡れたふんどし一丁でおサノさんに立ち向かう。
ぱっと頬に朱を散らし、顔をそむける。うーん、濡れたふんどしにうっすら浮かぶ黒い影と、もっこり。いくら旦那と死に別れて百年以上の私でも、朝からそんなもん見たくないわ。
「かたじけない・・・ 」
本日2回目のかたじけない。坂田さんって、こうして女の情けにすがって生きてる、ナチュラル・ジゴロなんじゃないかしら。
「あ、あの、下着も、父の買い置きがありますから・・・ 」
ぐいぐいと着物を押しつけるように渡すと、おサノさんは走るように屋敷に戻って行った。
着替えると、体を洗浄したためか、結構さっぱりと見えるいい男だ。月代
さかやき
も剃らずにぼうぼうの頭髪は武士らしくなく、いただけないが。
道場の端っこに、握り飯と味噌汁が置いてある。あら、おいしそう・・・ 私たちも朝ごはん食べてないことを思い出した。坂田さんは、両手を合わせて「いただきます」と呟いて、おもむろに握り飯にぱくついた。
「良太郎さん、早く召し上がって。子供たちがすぐ来ますよ」
「(もぐもぐ)はい、ただいま! 」
するすると握り飯と味噌汁を平らげると、お椀とお箸を奥に片付けに。
子供たちって、子供向けに剣道を教えるのだろうか?
すると坂田さん、奥から長机をがたごとを担ぎ出してきた。長机をたくさん、道場に並べ終えた頃。
「おはようございます! 」「おはようございます! 」
商家、農家の子供たち、下は3つ位から上は10位まで、たくさんがやってきて長机に座りだした。
そうか、ここは子供向けには剣道場じゃなくて、寺子屋になるのか。
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38 剣道場
長屋に帰ると、とりあえずお隣さんの戸を叩いた。トス、トス、トス。
「坂田様、岩でございます」 どっすんがたがた・・・ 奥で慌てて何かにぶつかったような音がする。 「は、はい、ただいま」 戸を開けてこちらを覗き見た坂田氏 (さかたうじ)の髪の毛は寝ぐせで東西南北いろんな方向を指し、唇にはよだれが固まって白くかぴかぴになっている。こりゃ、女人にはもてまい。 「お、お岩どの、何か用でござろうか? 」 「はいはい、いえね、その先の屋台でおいしい稲荷ずしを手に入れたものですから、お近づきの印にいかがかと思いまして・・・ 」 そこで、稲荷ずしの入った包みを目の前に差し出した。 「いやいや、そんなお気づかいは・・・ 」 坂田氏の目は包みに釘付け、お気づかいは『無用』という前に、お腹が盛大に自己主張する。ぎゅるるるる・・・ 「おほほほほ。さあ、召し上がれ」 「・・・ 面目ない。有り難く、頂くでござる」 「坂田様、明日はどこかへお出かけなさるので・・・? 」 「ええ、明日はこの先の道場で剣術の稽古をする予定でござるが・・・ 何か? 」 「いいえぇ、ただ聞いてみたかったんですよ。そうですか、剣術ですか。いつか、この子にもヤットウ(注:剣術のこと)を教えてくださいまし」 「ええ、お安い御用で」 「おいら、ヤットウなんか嫌いだよ」 馬鹿っ! 話しを合わせなさいよ! ぽかり、と右坊の頭をはたく。 「あはは、お岩どの、男の子だからって剣術が好きとは限るまい。かくいう拙者も、得意な方ではござらぬ」 「すみませんねえ、お武家さまに向かって・・・ では、おやすみなさいまし」 そう言って、右坊と左娘を連れて隣の私達の部屋に戻った。 「右坊、困るわよ、適当に合わせてくれなくちゃ」 「合わせるって何だよ、おいら、嫌いなものは嫌いだよ」 「お岩ちゃん、右坊に複雑なこと言っても無駄よ。何年一緒にいるのよ、わかってるでしょ」 左娘に注意されてしまった。確かに、左娘の言うとおりだ。ほう、とため息一つついて 「そうね、ごめんね右坊。明日は、みんなで坂田さんが道場に行くのを見学しましょう」 「「はーい」」 二匹一緒に返事した。 ☆ 翌朝、すずめがチュンチュン鳴いている中、がたごとと建て付けの悪い隣の戸が開く。 はっ! 右坊、左娘、起きて! 坂田さんが出かけるようだよ! 着たきりすずめの坂田氏、昨日と全く同じいでたちでふらふらと出かける。後ろをついていくと、ほんのりとすっぱい汗のにおいがする。 「いやぁねぇ、坂田さん、ちゃんとお湯屋に行ってるのかしら? 」 「顔だって洗ってないわよ? 不潔ねぇ」 「何言ってんだよ、岩ちゃん、左娘! 僕らだって顔洗ってないし、歯も磨いてないよ」 しまった! ついていくのに夢中で、忘れてた・・・ って、私達、幽体だからやんなくてもいいんじゃね? 「気持ちの問題よ。そして、気持ちが私達の霊力の強さに影響するのよ」 左娘の講釈が始まりそうだ。これ以上長い講釈兼説教を聞きたくない。はいはい、わかりました。明日からはちゃんとします。 「はい、は一度でいい」 ・・・ お前は私の母上か。 坂田氏は、ずんずん歩いていって日本橋の先の方、桶町に入って行った。 キェー!! トゥオオオーー!! ドスン、ドスン!! 遠くから、奇声や床を踏みしめる音が聞こえてきた。剣道場が近いのだ。角を曲がると、立派な道場が現れた。玄関先に、大きな看板が下がっている。 玄武館 なんと、坂田氏は、玄武館に通っていたのか! ここは北辰一刀流、千葉周作の弟、千葉貞吉の道場、いわゆる「小千葉」の道場だ。朝からたくさんの門下生が道場で稽古をしている。 坂田氏は道場前で少し立ち止まった後、首を軽く振って、さらに先を歩いて行った。 「なんだ、違うんかい! 」 思わず突っ込みを入れたくなった。玄武館道場の裏手をさらに先に行ったところ、河原近くに小さな庵風のあばら屋が立っていた。その庭先の落ち葉などを、竹ぼうきで掃き清めている若い女がいた。 「サノどの、おはようございます」 「おはようではございませぬ。坂田さん、もう少し早く来れませんか? 玄武館ではとうに修練が始まっておりますよ」 「面目ござらぬ」と、坂田氏はぼりぼりと頭をかきむしる。うーわ、ちらほらとフケが散ってる。 「さ、さっさとお支度なさいませ」 小柄ながら、ぽんぽんと跳ねそうなバネを感じる筋肉を感じる。さりとて、顔の表情はあくまで柔らかい、優しそうな女性だ。 「はい、師匠」 え? この女の子が剣術の師匠なのか? あばら屋の玄関に、とってつけたような白木の看板が釘でうちつけられている。 朱雀 (すざく)館 ふーむ、表の玄武館(北)に対し、裏の朱雀館(南)ということか? ↓↓「小説家になろう」にも掲載しています↓↓
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37 石榴口
さあ、左娘、右坊、銭湯に行こうか。まだ暮れには早い八つ(注:午後3時頃)だけど、そろそろ開く頃だわ。 ↓↓「小説家になろう」にも掲載しています↓↓ ↓みなさまのクリックで、はげみになります。ぽちっとな! |



