ひざ小僧のため息。

読者になってみれば?コメントしてみれば?ひざ小僧に触れた人、しあわせが来る予定です。

【小説】礫の又蔵

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5 報復
 
時は 丑一 ( うしひと ) つ(午前1時ころ)、人気も途絶え・・・


遠くで、陰にこもった寺の鐘の音が・・・


ごぉぉおおおおん・・・


驚いた犬の声が、わおぉぉぉん、わんわん・・・


暗闇の街の中を、黒づくめの集団が走る。ざざざざ・・・


夜の街を走り慣れているのか、音は極限まで抑えられている・・・


これから起こる凶事を暗示しているかのように、薄ぼんやりと紅い月が漆黒の夜天にかかっている。




黒塀の勝手口を、ほとほとと叩く男。男は頬かむりをしている。男の懐には、 匕首 ( あいくち ) がおさめられている。


「お貞、俺だ・・・ あけろ」


ほと、ほと


ことり


戸が開いた。「お貞かい? 」


「はい」


とたんに、男は懐から匕首をすらりと抜き、えいやとばかり斬りかかる。さっと後ろに体をかわすお貞。



ぼきりっ


男の右手首に、十手の先が振り下ろされる。おそらく、手首の骨が折れたであろう、いやな音とともに、男は『うぎゃあ』と悲鳴をあげる。


「この野郎、やはり殺しに来たか」


十手の主は、与力 藤堂宗明 ( とうどうむねあき ) 。男はまだ痛みに呻いている。


「お貞、これでわかったろう。般若党は、とことん悪党だ」


はい、と藤堂の後ろで小さくお貞が返事する。


「文吉、こいつを縛りあげろ」


どこに隠れていたのか、「へい!」と、文吉が現れる。右手を左手でささえるように握り、しきりに呻いている男から左手をひっぱがし、後ろ手にした。右手がぶらんと垂れ下がる。ぎゃあとさらなる痛みに悲鳴をあげる男に、ささっとお縄をかけた。


「又蔵の読みは当たったな。このお店はめくらましに過ぎねえ。文吉、そいつを牢にひっ連れて行け。拙者は急ぎ又蔵のところへ行く! 」


「へい、合点でさあ! 」





その頃、出雲屋の勝手口付近に、黒ずくめの男たちが息を凝らして集まっていた。


ほとほと、と木戸をたたく、般若党のお頭、善兵衛。


「おい、俺だ、開けろ」


「へい・・・ 」


若い手代風の男が木戸をあける。この男も、般若党の仲間で、出雲屋に『仕込み』として送り込まれたのだ。


黒ずくめの連中は全員、木戸をくぐって家の中にすべりこんだ。


手代は「お頭、店主の部屋はこちらです」と言って、お頭の前を案内する。


暗い家の中を進んでいくと・・・


お頭、急に立ち止まる。


「てめえ、なんで震えてやがる」といいざま、お頭は日本刀をすらりと抜き、手代を切りつけた。ぱっと飛ぶ鮮血。手代はぎゃあと叫ぶ。手代がお上に寝返ったことがばれたのだ。


それを合図にしたか、ばばばばっとあちこちの障子が開けられ、提灯に火が入れられ、捕り手たちの姿が現れた。般若党より多数だ。


「般若党、御用だ! 」


御用だ、御用だ、の声と叫び声、怒号が飛び交い、男たちが乱れたたかっていく。しかし、さすがの悪党たちも、屈強な捕り手たちにだんだんと押さえられていく。


「善兵衛! 御用だ! 」


あっしは、日本刀を振りまわしている頭目に声をかけた。


「きさま、なぜここだとわかった! 『おみよ』を狙っていたんじゃねぇのか! 」


「憶えてねえか。鍵師の熊蔵まで手なずけたのに、てめえらに裏をかかれ逃げられたのは、あっしだ。今度は同じドジを踏まなかったまでよ! 」


「チキショウ! 」と叫んで、又蔵に斬りかかる善兵衛。


カキーン! 十手の鉤で刀身を受け止める。


ぱっと離れ、さらに切りつける善兵衛。はらりと刀をかわし、善兵衛の背中に十手の一撃をくれる又蔵。


うっと喚きざま、だだっと駆けだし、奥の部屋の障子をあけた。しまった、その部屋に店の者一同をかくまっていたのだ。


善兵衛、うずくまっている集団の中から、一人の女をつかみだす。


「キャー」と叫ぶその女は、出雲屋のおかみだ。おかみの後ろにまわっておかみを押さえ、顔あたりにむき身の刀をつけた。


「近寄るんじゃねえ・・・ 近寄ったらすぐに殺すぜ」


あっしはためらうことなく、ふところから石礫を取り出し、善兵衛の右手の甲をめがけて投げつけた。


ひゅるひゅるひゅる・・・ ビシッ!


あぐっと叫ぶと、善兵衛の手から刀が落ちた。だっと近寄り、善兵衛の頭に十手を振り下ろした。ごつっ


うぐふっ・・・ 白目を向いて、倒れる善兵衛。


「冥土の土産に聞かせてやる。『礫の又蔵』たぁ、あっしのことだぁ! 」


チョンチョーン(拍子木)




しばらくして、藤堂の旦那が現場にやってきた。


「又蔵、終わったか」


「へい、藤堂の旦那。お貞は無事で? 」


「無事だ。又蔵の読み通り、丑三つの予定を一つにすると、急に押し込みの時間を変えると言われたそうだ。その時刻に、刺客が来たよ」


「前に逃げられたときと同じやり口でさ。やつら、お上の目をお貞にひきつけておいて、本命の押し込み先を着々とねらってたんで」


「うむ・・・ 又蔵、よくやってくれた。今回は給金をはずめるだろうよ、楽しみに待っていてくれ」


「へい! 」






般若党一味を一網打尽にした。やつらは死罪をまぬがれない。鍵師熊蔵と娘お貞は、事件に巻き込まれ、死亡したことになった。これで、熊蔵親子は般若党とはなんのかかわりもない町人となった。


あっしは、藤堂様から過分な礼金をいただいた。これは皆で喜びを分かち合わねばなるまいよ。


圭ノ介長屋の住人、お 良 ( よし ) の務める、蕎麦屋でちょっとだけ、羽目をはずそうじゃねえか。お八重は、『なんでお良さんとこなんですよぅ』とちょっと凛気を病んだようだが・・・


お良の亭主も先日不慮の事故で亡くなっている。子供もいない。しかも、こういっちゃあなんだが、かなりの美人だ。


ま、ともかく、この町内でうまい料理がでて、酒が飲める店はこの蕎麦屋『長安』を置いてほかにない。


あっしは、お八重と娘お千代坊、文吉と鍵師熊蔵とお貞を蕎麦屋に招いていた。藤堂様にも僭越ながらお声掛けをしたが、自分が行くと皆緊張するだろうと遠慮なされた上、「これで酒を上積みせよ」とおっしゃって、もったいないことに支援金を下された。


出汁のきいた卵焼き、竹べらに乗って、ほんのりゆずの香りのする焼き味噌、けっこう分厚い板わさに、この界隈で繊細な作りと評判の『築地屋』の絹ごし豆腐の冷ややっこ。普段は出さねえが、特別に頼んで取り寄せてもらった、鮮魚の刺身。なんてぇ、贅沢だ。


文吉はさっきから、よだれを袖で押さえている。


お八重も目を見張って、「親分、こんなにお御馳走、おあしは大丈夫なんですかえ? 」


お千代坊は分け知り顔で、

「大丈夫にきまってるよ、おっかさん。きっと、藤堂様からたんまりお給金いただいたんだよ。

でもね、あたいらが又ちゃんの家族になったら、こんな使い方をさせない方がいいよ。江戸っ子は宵越しの金を持たないなんて、もう流行らないよ」


お八重は慌てふためいて、

「こ、これ、お千代! 口が過ぎます! す、すみません、親分! 」


「はっはっは、まぁいいやな。お千代坊の言うのは贅沢がすぎると毒だということだ。

しかし、今夜は特別だ。あっしが前にみすみす逃がした般若党を、今回は獄に送ることができたんだ。これを祝わずにはおれめぇよ」


「親分、早いとこ、例のやつ、お願えしますぜ! おいら、もう腹が減って・・・ 」と文吉。


「文吉、ちょっと待てって・・・

熊蔵、お貞、よかったな。これでお前たちは生まれ変わったが、人別帳に記載のない連中と一緒になる。これから苦労するだろうが、悪党と一緒にいるよりはよほどよかろうよ」


「はい、親分にはお手数をおかけしました」と、熊蔵。


「親分、あたしもおとっつぁんと一緒に、静かに生きていきます」


「そうかぃ・・・しかし、これも縁だ、あっしのお上の御用を、ときどき手伝っておくんな。それが藤堂様への恩返しってもんだ」


肯く熊蔵親子。


お良、じゃあ、乾杯といこうか。


あいよ、とお千代を除く各自のおちょこに酒を注ぐお良。お千代坊は、湯のみにお茶をもらっている。


「よし、皆の衆。乾杯しようじゃねぇか。

江戸を荒らした般若党、退治できたぜ。

さぁ、飲んでおくんな! 乾杯!

ぐびぐび・・・

くぅ! たまんねぇな! 」

「へい! 親分! 」
「へい! 親分! 」
「ヘイ! 親分! 」
「ヘイ! 親分! 」
「ヘイ! 又ちゃん!」
 
 
 
 
 
 
 
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4 お貞
 
 
「う、うほん! 親分、お取り込み中のところ悪いんですが・・・ 」


文吉に、お八重さんとお千代坊に抱きつかれているところを見られてしまった。


「お、おぅ、文吉! こ、これは何でもねぇんだよ、なんでもな! ほんとになんでもねえんだ!

で、一体何の用でぃ? 」


「何の用だもねぇでしょう。吉田屋のことで少しお耳に入れておきたいことが・・・ 」


「わかった。じゃ、お八重さん、お千代坊、あっしは仕事にでてくらぁ」


般若党の話など、お八重、お千代に聞かせられない。


「あいよ! いっといで、おまいさん! 」と、ちゃめっけたっぷりに言うお千代坊。


「こ、こら、お千代! 」と、慌てふためくお八重。


「お千代坊、あんまり大人をからかうもんじゃねえ。いい子にして、待っていておくんな」


「あい。おっかさんと待ってるよ、又ちゃん」


「親分、ほんとにお気をつけなさって・・・ 」


「応よ。では、行ってくらぁ」


「なんだか、ほんとの夫婦みたいですね、親分! 」


「なんか言ったか、文吉? 」

ぽかりと文吉の月代を殴っておいた。



日本橋へ向かう道すがら、文吉から吉田屋について報告を受けた。


「やっぱり変ですぜ、吉田屋は。どう見ても堅気じゃねえ連中がぎょうさん出入りしてまさぁ。まともに商売してるとは一向に思えねえ。」


「やはりな。で、もうひとつ頼んでおいたことは、どうだったい? 」


「出入り先でやんすね。ええ、やつら、須田町の『出雲屋』に通っているようなんでさ。出雲屋以外にはこれといってお店には出向いてませんぜ。なんでも、出雲屋の蔵の中にねむっている古物や武具を鑑定し、買い取らせてほしいと言ってるそうで」


「出雲屋けぇ。出雲屋といえば、老舗の大店だ。文吉、引き続き見張っていておくんな」


「へい、合点だ」







文吉と別れて、あっしはお千代坊が『おみよ』を見たという日本橋までやってきた。日本橋は天下の東海道の出発点、往来の激しさも天下一だ。こんなところで、『おみよ』を見つけるなんて随分とはしこい娘だ。


あっしは日本橋の界隈を、最近女を雇い入れた店がないか、探し回った。いくつか該当の店が出てきたが、いずれも『おみよ』こと『お貞』ではなかった。


今日はあきらめようかと考えていたところ、目の前をうつむき加減で速足で歩く女の姿があった。


神様は見ていらっしゃる。間違いねえ、鍵師熊蔵の娘、お貞だ。


お貞は、大きなお店の黒塀の勝手口に手をかけた。


「おい、お貞! 」


お貞は振り向くと、目を向いて驚いた。反射的に逃げようとするところを、肩に手を置いて制止した。


「ここで逃げたら、この店にお前の正体をばらすぜ」


お貞はびくっと体を震わせ、動かなくなった。


「ここじゃなんだ、離れたところで話そうぜ」


お貞は歩きだすあっしに、素直についてきた。


「お貞、どうしてあのとき、般若党を抜けなかったんでぃ? 」


「・・・ ほれた人がいたんです」


「そいつと今でも? 」


「いえ、すぐに仕事に失敗して・・・ お頭に 殺 ( や ) られました。

あたしは馬鹿なんです。お頭に、おとっつぁんの居所も知ってるんだ、すぐに殺してやると言われて・・・

すぐにお頭の女に・・・ 」 よよよと泣き崩れ、その場にしゃがみこむ。


「お貞、今度こそ本当に、般若党を抜けねえか? このままじゃ、生き地獄だろう。

それによ、あいつら、お前や熊蔵をこのまま放っておくと思うかい? 早晩、消されちまうよぅ。

吉田屋の主人、岡っ引きのあっしがお前の存在に気が付いていることを、きっとさとっちまってるからな。生き残るにゃ、お上にすがるしかあるめぇよ」


「一度裏切ったあたしでも、大丈夫でしょうか・・・ 」


「それはあっしから藤堂の旦那にお願いするよ。だが、今度こそ失敗は許されねぇ。どうだい、やってくれるかい? 」


「・・・ わかりました」


「お貞、いいかい、よく聞いてくれよ。まずな・・・ 」
 
 
 
 

 
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「江戸っ子パパのちゃぶ台」


3 鍵師の過去


「親分、これで『おみよ』の身元もわからなくなっちまいましたねぇ」

「文吉、おめえあの話信じたんかい? 出来すぎてんだよ。大名様の家老じゃ、町方ではどうしようもねえだろ、あいつはそれを計算に入れてんだ。うさんくさすぎるんだよ、あの店主。文吉、あの店を洗ってくんな。ただし、慎重に、な」

「へ、へい! ・・・ 親分は、どこへ? 」

「・・・ ちょっと心当たりがあってな。あとであっしの長屋に寄ってくんな」

「合点で! 」





又蔵は、前の般若党事件の折の『知り合い』に会いに行った。鍵師の熊蔵。今はまっとうな商売をしているが、以前は般若党の一味であった男だ。

「邪魔するぜ」

「あ、親分・・・ そのお顔は・・・ よくないことが起こりやしたね」

「ああ、熊蔵。般若党だよ。淀屋をやりやがった」

「なんですって?! あいつら、お江戸に戻ったんで・・・? 」

「おめえの話だと、上方に行ったんじゃあなかったのかい? 」

「へえ、最後の仕事の前に、お頭が、上方に飛ぶと・・・ 」

「淀屋によ、手引きをした女がいたんだが・・・ 『おみよ』と名乗っていたがよ、まさか、『お貞』じゃねえのか」

「親分、貞とはもう、最後の仕事以来、会ってませんぜ。まさか、お貞も般若党とは切れたはずなんですが・・・ 」

「・・・ ああ、そう願いたいもんだが・・・ 」

お貞は、熊蔵の一人娘だ。鍵師熊蔵は、若い頃ちょっとした遊び人だった。博打の借金が悪縁で、般若の一味の仲間になってしまった。女房は熊蔵の博打好きに辟易して、幼子のお貞を置いて実家に帰ってしまった。

熊蔵曰く、前のお頭のときは、強盗はしても、決して殺しはしなかったという。それが、鬼と恐れられる草吉が仲間に入ったと思ったら、お頭の地位をあっと言う間に 簒奪 さんだつしてしまったのだった。前のお頭は、いつの間にか姿を現さなくなった。

それからだ、押し込みに必ず「殺し」が伴うことになったのは。

熊蔵は、ほとほと愛想が尽きて、お上に内応を申し出た。そのときの与力が藤堂様だ。あっしは藤堂様に言われ、熊蔵と内応の段取りを図った。熊蔵の娘、お貞も内応に協力すると約束してくれた。

「最後の仕事」では、般若党を一網打尽にする計画だった。熊蔵の手引きで、押し込みに入る前に、捕り方を店に入れる段取りになっていたが、熊蔵がお頭から言われた時刻に現場に着くと、すでに押し込みは完了し、お店の全員が惨殺され、お倉はからっぽだった。

熊蔵の裏切りに、連中は気付いていたらしい。にっくい奴らめ。般若の面を描いた紙が店主の死骸のそばに置かれていたが、そこに「裏切者は必ず殺す」と書かれていた。

そして、お貞の姿もそこにはなかった。





「親分さーん! 朝ですよ! 起きてく・・・ あれ?起きてる? 」

「お八重さん、朝から騒がしいなぁ。あっしだって普通に朝起きることもあるさね」

「めずらしいじゃないのよ、ゆんべはお酒飲まなかったのかい? 感心、感心。感心な親分さん、じゃ、お腹すいてるでしょ! 野菜ばっかりで悪いけど、煮物と大根の味噌汁持ってきたわよ。ご飯は炊いた? あ、いい、いい、持ってきてあげる! 」

「悪いな、お八重さん。でもお八重さんの料理はうんめぇからよ、遠慮なしにいただくぜ」

にこにこにこーっ

あっしが可愛いらしいと思う最高の笑顔で、お八重さんは自分の部屋に戻って行った。ほどなく、おひつにご飯を入れて持ってきた。

「お八重さんはもう食べたのかい? 持ってきてくれたもんで悪いが、一緒にどうだい? 」

「ばばばばばかっ! だ、だめですよぅ! 一緒に朝ごはんだなんて! 」

顔を真っ赤にして遠慮している。でも、自分の部屋に帰るつもりはまだないらしい。あっしに煮物と、味噌汁と、ご飯をよそっている。

うん、うまい。里芋とさやえんどう、人参の入った煮物で、鰹節の出汁が効いている。うん、これは酒も入っているぞ。味噌汁もいい塩梅だ。ご飯もふっくらあったけえ。

しかし、お八重さんはなんでこんなに親切にしてくれるんだろう。

「親分さん、お千代がね、淀屋の『おみよ』さんを見たっていうんですよぅ・・・ 」

ぶーーーーっっ!! 味噌汁を盛大に噴いちまった。

「んもう! 汚いねえ! 雑巾はどこ?! 」

雑巾で古畳を拭くお八重さんに、言葉をぶつけた。

「お八重さん、そんな大事なことをなんで早く言わねえんだぃ! 」

「うーん、子供のいうことだしねぇ、大事な捕りものでしょう? あやふやなこと言って、親分さんたちの仕事を邪魔することがあっちゃあ、大変じゃないですか。でもね、お千代は間違いないっていうもんですから・・・ 」

「お八重さん、馬鹿言っちゃいけねぇ。お千代坊が当て推量やいい加減な嘘を言うような娘かってんだ。お千代坊をここに連れてきておくれよ」

お八重は、ちょっと複雑な表情をみせたが、「わかりましたよ」と小さく言って、出て行った。

「又ちゃーん!!」 とてとてとて

お千代坊は、あっしのことを「又ちゃん」と呼ぶ。

「お千代坊、来たな! 」

「又ちゃん、おっかさんを嫁にする?」

ぶほっ! げほっげほっ。茶を噴いちまった。一体、何を言い出すんだ、この娘は。

「えー、お千代、又ちゃんがおっとさんになってくれたらうれしいんだけどなあ」

「こら、お千代坊、おっかさんの気持ちってもんがあるだろ」

「それなら大丈夫だよ! おっかさん、いっつも又ちゃんの話をしてるんだよ! 」

いかん、変な汗が脇からでてきた。可及的速やかに、仕事の話にもっていかなければ。

「お千代坊、聞いておくれ。おっかさんがさっき言ってたんだけど、淀屋の『おみよ』さんを見たって言ったんだって?」

「うん。お千代、おっかさんの八百屋さんのお使いで、淀屋さんに何度か野菜を届けに行ったことがあるんだ。そのときに『おみよ』さんがでてきて、おあしをくれるんだ。『お嬢ちゃん、いい子だね』とか言ってくれるし、ちょっとおしゃべりもしたんだよ。だから顔を間違いようがないよ」

「そうけぇ、そうけぇ。で、その『おみよ』さんを、いつ、どこで見たんだぃ? 」

「昨日、日本橋を歩いてわたっているのを見たんだ。おみよさんって声をかけようと思ったんだけど、結構速足だったし、そのとき荷車がごろごろ来て、行くてを遮られちゃって。あれって思ったら、もういなくなっちゃったんだよ」

「ありがとよ、お千代坊。だが、あっしがいいと言うまで、もう『おみよ』さんを見かけても、声をかけちゃいけねえ。また、このことは誰にも言っちゃいけねえ。いいかぃ? 」

「又ちゃんがこわい顔してる。・・・ わかったよ、おみよさんは悪い奴になんかされてるんだね。お千代、誰にも言わないことにするよ」

いや、おみよでなく、お千代を般若党の一味から守るためなのだが。

「お千代坊、察しがいいよ。悪い奴から、『おみよ』さんを助けなきゃなんねぇ。それがあっしの仕事だ」
 
「やっぱり又ちゃん、かっこいいよ! 」

お千代坊が抱きついてきた。よしよし、いい娘だ。

「お千代、ずるいよ! 親分! 」

というなり、お八重さんも抱きついてきた。何を親子で張り合ってんだ!

「こ、こら、待て待てー!」 




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2-2 消えた『おみよ』(続き)



「邪魔するよ・・・ 」


「へい、どちらさんで? 」


あっしは十手を店主とおぼしき中年の男に見せつけた。


「あ、岡っ引きの親分さんでしたか。で、手前どもに今日は何か? 」


「おめえさん、その先の『淀屋』知ってなさるね? 」


「へい、淀屋さんなら懇意にさせていただいてますが、淀屋さんが何か? 」


「昨日の夜、押し込みにあって、店の者全員が・・・ 殺られちまったよ」


あっしは指で首の前をすっと引く真似をした。


「え! なんですって?! 親分、それはなにか悪いご冗談じゃ・・・ 」


「冗談であってくれた方がいいんだがな。店の者全員と言ったが、実は、一人だけいなくなった者がいてよ」


「いなくなった?」


「お前さん、『おみよ』って女知ってるかい? 」


「へえ、知ってるも何も、おみよなら、手前が淀屋さんに紹介した女でごぜえます」


「親戚かなにかかい? 」


「いいえ、そんなんじゃございません・・・ 手前ども、商売柄あちこちの大名様、お武家様にお伺いしますが、たしか、おみよの奴は、土井家佐倉の出でございます。

佐倉のお取引先が困っておいででして、知り合いの商家の主人が急になくなり、そこの後家の仕事先を周旋してもらえまいかと、こういうお話でごさいました。大切なお取引先様ですので、嫌も応もなく、身元引受人となって、江戸に連れまいったものでございます。したがいまして、おみよのことはよく知らないんでございます・・・ 」


「ほう、そんなよくわからねえやつを、淀屋に紹介したってのかい? 」


「・・・ それを言われちゃあ面目ございませんが、お取引先様は土井家の家老様でございますから、信用できない先では決してございませんでしたし・・・ 奥方として紹介するというわけでもなく、お女中ですし、そこは余りおおごとに考えておりませんでしたというのが正直なところでございます」


「ふうん・・・ そんなもんかえ。ほかに、おみよの身元がわかるような話はないかえ? 」


「・・・ ございません。子供もいなかったようでございますし・・・ 」


「そうけぇ。何かわかったら、知らせてくんな。邪魔したな」





「・・・ お頭、岡っ引きですかい? 」


「ああ、案外早かったな」


「早かったって・・・ 大丈夫ですかい? なんの詮議で? 」


「『おみよ』だよ。あの岡っ引き、カンがいいぜ。こちとらの話にちっとも納得してねえ様子だったよ」


「お頭・・・ 『おみよ』の奴、やっちまいますか? 」


「待て待て、おみよはもう次の『仕込み』に入れちまったよ。次は淀屋より、大店だ。そいつが終わったら・・・ な? 」


「へい・・・ お頭がそうおっしゃるなら」









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般若党事件
2-1 消えた『おみよ』


「親分! もう起きておくんなさいよぅ! 」


「んん?! ぁあ”い”・・・ あんでぃ、お八重さんかぃ・・・ 」


「大きなあくびだねぇ。あんでーおやえさんけーって何ですよぅ、しゃきっとしておくんなさいよぅ。お天道様はとっくに登っちまってますよ・・・ あぁ、酒臭い。ほら、とっとと起きて、顔洗ってきておくんなさいよぅ! 」


お八重さんが勝手にあっしの部屋に入ってきた。

お八重は2年ほど前に亭主を亡くし、小さな女の子1人を女手一つで育てている。あっしも女房を亡くしたが、それで同情してくれているのか、何かと世話を焼いてくれる。が、朝はちょっとは放っておいてもらいたいもんだ。ふとんをしまい、顔を洗って土間にもどると・・・


「親分さん、はい、これ、しじみの味噌汁。あんまりお酒を飲みすぎると、毒ですよぅ。親分さんはもう決して若くないんですから」


「なんでぃ、朝っぱらからやいのやいの、うるせぇな・・・ ・・・ あぁ、うめぇ! こいつは、たまらなくうめぇや」


うめぇの一言に、お八重はうれしそうな顔をする。けして美人ではねぇが、この顔は可愛いと思う。


「じゃ、親分さん、あたしはお店に行くから。夕方また、何かこさえてあげますよぅ」


お八重は表通りの八百屋を手伝っている。娘のお千代坊は昼の間、あっしが面倒をみたり、ほかの長屋の住人が面倒をみたりしている。お千代は素直な可愛い娘で、皆に可愛がられている。


どれ、お千代坊の様子でも見に行くかと思ったところで、騒がしい奴がやってきた。


どたどたどたどた・・・・ てえへんだ、てえへんだ!


「お、親分、てえへんだっ・・・ ごほっぐほっ」


「おいおい、むせてんじゃねぇや。文吉、ほれ、そこの甕から水を一杯のめ」


「へ、へい・・・ ぐびぐび・・・ 親分、押し込みでさあ」


「何だとぅ! どのお 店 たなだ」


「本町の『淀屋』でさぁ。与力の藤堂様が親分を呼んで来いと・・・」


「馬鹿野郎、それを早く言わねえか! 藤堂様に後れをとるとは、面目ねえじゃねぇか」


二日酔いのだるさも吹っ飛び、長屋を飛び出すと、ぜえぜえ息をきらす文吉を後ろに淀屋まで一気に駆けて行った。





淀屋では、藤堂様が検分をなされていた。すらりと背の高い、侍だ。年のころはあっしより幾分か上で、鬢に白いものが混じっている。切れ長の目が、このお方の頭の良さを表している。


「藤堂様・・・ 」


「おう、又蔵か。店の者全員首をかっ切られて殺害されておる」


「・・・ったくひでぇことしやがる。女子供も容赦なしか・・・ 」


うっぷと口を押さえて、文吉が外に飛び出していった。


「藤堂様、こいつは・・・ 」


「ああ、やつらが戻ってきたらしい。般若党の連中だ」


店主とおぼしき中年男の死骸の横に、般若の面を描いた紙きれがおいてある。般若党は数年前、江戸の大商店を店の者全員を殺害する手口で荒らしまわった強盗団だ。司直の手が及びそうになったとたん、上方に逃走したと聞いている。


「蔵の中も見ておけ。みごとにからっぽだ」


「へい・・・ 」

寝込みを襲われたらしいな・・・ 一瞬のことだったろうよ、あまり苦しまずに済んだろう。それだけが救いか。おかみさんと娘さんらしい亡骸に手を合わせた。

雇われ人の部屋にも、死体がごろごろしている。まだ幼い丁稚も首をかっ切られている。


「おい、文吉、この店のこと詳しいやつ、探して来い」


「合点」



しばらくして、文吉はじいさんを連れてきた。


「親分、淀屋の取引先の堺屋の主人です」


「おぅ、ご苦労だが、人定をお願えできねぇか」


「へ、へい・・・ おお、なんてことを・・・ これは人じゃねぇ、鬼だ、鬼の仕業だ・・・ こちらは手代の定吉さんで・・・ こちらは丁稚の健坊・・・ 」


「こっちへ来ておくんな。この部屋は女中部屋だったみたいだが」


「ええ、確かに。女中頭のお良さん・・・ 女中のお花ちゃんに、お菊ちゃん・・・ ひでぇことしやがる・・・  あれ? 」


「どうしたい?」


「いえね、親分さん。『おみよ』さんがいねえようで」


「おみよ? 」


「へい、確か、夏のころでしたか、新しく奉公を始めましてね、佐倉の方から流れてきたとか。おみよさんは助かったんですかい? 」


「この状況で抜けることができた奉公人がいるとは思えねえ・・・ その『おみよ』とやらが手引きしたのかもな。般若党、やり口が変わらねえ」


「え?! は、般若党? あの般若党ですかい、親分! なんてこった・・・ またお江戸が荒れる・・・ 」


「文吉、おみよのこと、詳しく調べてくれ」


「合点だ! 」


しばらくして、文吉がもどってきた。今日はめずらしく、手際がいい。


「親分、おみよって女は、『吉田屋』ってところから淀屋に紹介されて行ったとのことですぜ。淀屋の飲み友達がおぼえていやした。吉田屋はこの数年で頭角を現してきた古物商で、淀屋とも取引があったそうで・・・ 」


「そうかぃ。じゃ、その吉田屋とやらをあたってみるか」




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