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昨日は
【地域復興には、被災者の自らの「自立」が、如何に難しいか、でもそれことがとても大事ではないか。】 という記事をアップしました。 SNSやTwitterでは、多くのコメントをいただきました。 そして、書いてから、強く感じました。 震災の今の現状を伝える事も大事な事です。でも、これからは、復興のプロセスこそ、後世に残すべき大事な事なんだと・・。 震災の悲惨さだけを、未来の子供達に伝えるだけではダメなんです。 何年先になるかは分かりませんが、 「こんなに大変惨事の中でみんな頑張って復興に頑張り、今、こんな風になれたんだぞ」と言える日がくると信じています。 「人間の生きると言う力は、すごいんだ。素晴らしいんだ。」と言うことを、未来の子供達に伝えたい。 いっぺんに、変えるのは勿論難しい事です。一つ一つしぶとくコツコツとやって行くしかありません。
でも、それを確実に変えて行きたいと思います。 「悲惨の中から、こんな苦労があったけど・・。ガンバたのだ」という事こそ伝え て残したい。 被災者自身に「人生復活」という「信念」があるならば、ACTIONを起こすしかないの です。 それは、将来、必ず子供達やその先にある人達のためになると信じて います。 ----------------------------
さて、「被災者の自立」について、話を戻します。
あの東電の事故のあった福島県の話です。 被災者の自立心を彷彿させる。1冊の本が出版されました。 村雲司、現代書館
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5691-0.htm 「わが阿武隈村は、今日ここに共和国として、日本国から分離独立することを宣言します」 昨年、出版された村雲司さんの『阿武隈共和国独立宣言』は、放射能に汚染された村の老人たちが国と刺し違える覚悟で独立を宣言する奇想天外なフィクションです。
でも、実に被災者の気持ちを汲み取った作品と言えます。時は大震災から2年後の2013年3月11日。 彼らは日本外国特派員協会で「独立」をぶち上げます。 国旗は「暮しの手帖」創刊者・花森安治に倣っての・・。ボロ布をつぎはぎした「一銭五厘の旗」。 国歌は仮設住宅で歌うようになった『夢であいましょう』なのです。 その武器の原料は放射性物質の汚染土です。これを三尺玉に詰め、いざという時、地元の花火師が打ち上げる覚悟なのです。
物騒なプランであるが、さて、結末はどうなるのか・・・? ただ、非暴力主義者である彼らのこと、意外な展開が待ち受けているのは間違いないことなのです。 「仮設住宅や仮の町、仮の人生。仮のままで人生を終えたくはない」 僕は、この古老の悲痛で叫び、訴え、願い、祈りはそのまま原発事故で避難を強いられている人たちや、津波被害でやはり、移転の進まぬの苦悩と重なる気がしてなりません。 「故郷の山河を棄てろと国が強要するなら、俺たちは国を棄ててもいいとさえ思っている」 村議会議長の叫びは「帰還困難区域」というレッテルを、地域のプライドに懸けて返上する決意表明であるのです。 「核武装」は震災がれきの受け入れをめぐって、各地で起きた混乱に対する強烈な皮肉であることは、直ぐに理解できます。 告発の対象は 「原発政策に象徴される、政治、官僚、財界、大企業、マスメディア、原子力ムラなどの既得権益」であると僕は解釈しました。 つまり、「現代の日本社会構造の歪みである事」だとおもうのです。 そのことを、村の老人たちが国と刺し違える覚悟で、懸命に訴えてる告訴状である事を、是非、多くに民衆に知って欲しいのです。 岩手、宮城、福島3県を中心にいまだ32万人余りが不自由な避難生活を送っています。
「山河破れて国あり」・・・・・。
復興の足取りが遅れれば、私たちは荒廃したふるさとを子や孫に引き渡すことになるのです。 それは将来世代に対するつけ回しであります。 これは、人権問題です。生きる権利、生活権など憲法にありますが、このままでは、日本にあってはならない「差別にほかならない」と想うのです。 「阿武隈村」の独立を、「荒唐無稽」と切って捨てることは簡単です。
でも、今の東北の位置付けを変えずして、どんな復興策も未来を照らし出すことはないはずです。 三尺玉に込めるべき火薬、それは「独立自尊」そのも のであると思うのです。
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岩手県田野畑村の漁師「みさご丸」さんのブログから転載させていただきましたm(_ _)m
2013/1/4(金) 午後 5:25
【三陸海岸大津波 (文春文庫) 】¥460
[読者コメント引用;Amazon]
東日本大震災で受けた津波被害は、
ここに書かれていることとあまりに酷似しているように思える。
瓜二つなのは地震や津波の様子ではない。
被災のしかたのこと。
一例を挙げると、先日TVでの報道がある。
津波被害の及んだ地域には仮住宅といえども建ててはならないとした知事に対し、
漁業を営んでいた村民がなるべく元の位置に許可を出して欲しいと嘆願されていた。
いつくるか分からない津波のために日々の生活の不便は許容できないのも当然だろう。
しかしまた同じことが必ず繰り返されるに違いない。安全とは何か。命とは何か。
そして都会であれ地方であれ、自然と暮らしていくこととはどういうことか。
今回わたしたちが目の当たりにしていることとこの本に書かれた過去の記録を通じ、
考えなければならないことはたくさんあるように思われる。
『三陸海岸大津波』にはたくさんの被災者の声が記録されている。
2013/1/5(土) 午後 2:16
転載ありがとうございます。
吉村さんの「海の壁」=「三陸大津波」の取材は、僕の住んでる、田野畑村の古老が沢山登場しています。僕の父も取材されています。
明治二十九年、昭和8年津波・・
当時の罹災の事は、親やおじいさんおばあさんから聴いて育ちました。
今のような、政府という力がなく、情報の伝達手段もないころです。
被災者自ら、手作業で復興したと聴いています。
猟師は海が近くないと出来ない。道も車もない時代です。
今回流された、家の中には、昭和6年の津波で流された、木材を再利用して建てられた家も存在していました。
僕らの思想として、「津波が来れば、逃げればいい」という考えの人も多くそんざいしています。
しかし、今は、車があり高台移転してそこから、浜に通うという考え方の人もいます。
3.11では、一度家を壊したところは、「津波襲来地域」ということで、もう、人家は建てられません。
僕の家は、半壊でしたが僕は修繕して住む決意をして、今では一番海に近い家となりました。
仮設に入るよりはいいと思ったのです。
2013/1/5(土) 午後 3:55
船も3隻、倉庫も2つ、漁具などもなくしました。
このような、近代国家になって、国家としての「平和ボケ」とも言える、醜態。
情けないと想います。
復興を妨げてるのは、縦割り行政にあり、矛盾だらけの支援政策、制度ばかりです。
原発事故の対応でも、世界からいい笑いものにされています。
まあ、被災者としてはこうも時間がかかるのなら・・。国家など宛にしないで、自力での復興が一番です。
僕はそう思っています。
民衆も、マスメディアにかなり騙されて」います。
2013/1/5(土) 午後 3:55
この共和国の古老も、フィクションではありながら、そんな歪んだ日本を弄っています。
嘘の発表を切り返す、政府、マスメディア・・。忸怩たるものを感じています。
どうしても、田舎や高齢者は、ネットをやっていません。また、今度は若い人は、「社会問題」の意識が薄く、関心がないのです。
だから、政府やマスメディアの垂れ流す情報を鵜呑みにしてしまっています。僕らの世代が、本当の事を使えて行かないと日本は今も変ですが、もっとおかしな事になると想います。
自民がこの前の選挙で圧勝しましたが、僕は、あの党は考えも古いし、アメリカ言いなりの政治をやってきています。
原発、水俣病、薬害訴訟、エイズやC型肝炎の訴訟もです。全て、彼らが戦後、ず〜〜と政権を握って来た弊害です。
2013/1/5(土) 午後 3:58
天下りも官僚の好き放題も、検察の偽装も・・。最近は、憲法の三権分立は、国家の軸ですが、法曹界までおかしな判決がでています。
何故でしょうか・・・?世論が騒がないからです。
そして、その世論をコントロールしてるのがマスメディアです。
国会には、「記者クラブ」というのがあります。これは、大手11社しか入れないのです。それでは、「良くない、ガラス張りにして小さなメディアも自由に入れるようにすべきだ」とそれを、行使しようとした政治家が何人かいます。
代表的な人は、小沢一郎氏。彼はその途端から、結局は無罪になった、冤罪で色々な罪をかぶされました。
それも、ずべてタイミングが大事な節々でやられています。
このような、動きの裏には、自民党やマスコミなど11社などの「既得権益」をもった人々の裏の工作があったからです。
2013/1/5(土) 午後 3:59
まだまだ、言えばキリがないほど、沢山の嘘があります。
まあ、全ては己の「既得権益」を守りという、姑息な理由です。
左翼、右翼も暴力団もなかには入っていますし、中国、韓国、ロシア、アメリカCIAなどからも、その工作員は送り込まれています。
この前の、脱原発運動には、中、ロ、韓の工作員が裏で煽ったのも分かっています。(彼らは、逆に扇動したのです。原発がなくなれば、エネルギーを求めるのは中、ロ、韓になりますから)
原子力ムラも、一つの既得権益なので、自民と組んで再稼働させる準備をもう初めています。
このように、まるで新聞、テレビなどのメディアとは、反対の事が行われています。
長文失礼しました。
2013/1/5(土) 午後 3:59
自分にブレない、「信念」があるならば、僕は、それをドンドン主張して行くべきだと想います。
それは、将来、必ず子供達のためになります。
共に、真実を流してシェアして行きましょう。
では、また、機会がありましたら拡散願います。
よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
2013/1/5(土) 午後 4:01