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【補足】活字印刷「世界初」諸説【1】(全5回) 『グーテンベルクの悲劇』 ●職場の友人にこのカード「グーテンベルク」をあげると、興味を示すとともに疑問も持ってくれた。 それは、「活字印刷の世界初はグーテンベルクか??」ということである。 ●このカードを作るとき、Wikipediaの「グーテンベルク」の項にも少々の記述があったので、一応気にはなっていたが、「産業革命以降の近代史をトレカとしてデザインする」という目的に従えば、『グーテンベルクが欧文活版印刷をシステム化し、普及に貢献した』ということさえ分かっていれば、一応充分だったので、カード制作時にはそれ以上の情報には触れないことにしていた。 ●ただ、せっかく(美人の)友人が(*´д`*)疑問を投げかけてくれたので、本日は少々調べてみることにした。 Wikipediaの項目だけでも『グーテンベルク』『活版印刷』『活字』の各項の情報量は、【補足】というには量が多いので、ごくかいつまんで列挙してみたいと思う。 ◇ ◆ ◇ 【1】序。『グーテンベルクの悲劇』(参照;Wikipedia) 『1462年、マインツは対立する司教同士の争いに巻き込まれた。一方のアドルフ2世大司教に従う軍勢がマインツの略奪を行い、グーテンベルクは自宅と印刷所を失った。すべてを失ったかに見えたグーテンベルクであったが、印刷術考案の功績を讃えて1465年にアドルフ大司教の宮廷に従者として召し抱えられる栄誉を得た。グーテンベルクがひっそりと世を去ったのは三年後の1468年のことであった。』 ●当時60過ぎだったグーテンベルクに政治がらみの人災。しかも、人々を幸福や道徳に導くべき司教が、教区の支配権を巡って封建諸侯さながらの争奪戦、挙句の果ての掠奪・暴行の嵐。 「対立する司教同士」とは、当時のマインツ大司教ディーター・イーゼンブルク伯と次期マインツ大司教のアドルフ2世・ナッサウ伯だそうである。 ●月臣は多くの情報に通じているわけではないが、日本の歴史においても「僧兵の乱暴」や、「日蓮宗の他宗派排斥」などがあったように、世俗的な権威と宗教的な権威が結びついて、「大義名分らしきもの(≒正義)」を振りかざす動きがあるように、欧州ほか世界各国でも、「宗教的権威の暴走」は頻発していたのだろう。 月臣はつくづく思う。 「二代目に上手なし」。 幸福や道徳を追求する、哲学としての宗教も、権力志向で「教団」なるものを作りだせば、その組織を維持するためにどうしても「運営費」なるものが発生する。そのカネは一体どうやって集めてくるのか??? 「信仰」なるものは、各個人の心の中にある「信条」と一致しているうちが花だ。しかし、現実的には、人間の心とは、思ったよりも弱く出来ているものらしい。 (【2】につづく。) |
++グーテンベルク
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【5】活版印刷 |
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【4】東アジアの印刷技法との関係 |
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▲『教育用画像素材集 - 印刷機の発明』より。▲ |
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【2】 |






