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【長崎型原爆】
『第二次世界大戦末期の1945(昭和20)年8月9日、アメリカ軍が長崎市に投下したプルトニウム爆弾。コードネーム「Fat Man」。』兵器級ウランの濃縮に比べ、兵器級プルトニウムの精製は(相対的に)容易である反面、過早核爆発(早発)や自発核分裂など、扱いにくい面もあり、圧縮用火薬を特殊な編成にした「爆縮レンズ」によって瞬時に高効率の核分裂を起こす仕組みとなっている。』
◇ ◆ ◇
●目を背けずに見てほしい。
日中戦争・太平洋戦争等における日米のやり取りの問題もあるものの、アメリカ合州国は、太平洋戦争の早期終結と、戦後に訪れるであろう共産圏との核開発競争まで見越した上で2種類の核兵器を実戦使用したのである。
●長崎型原爆の流れをくむ現在の核兵器は、比較的生産が容易なプルトニウム爆弾の核分裂を、重水素(デューテリウム)と三重水素(トリチウム)との核融合で放出した高速中性子で強化する「ブースト型核分裂兵器」というタイプが一般的で、この技術があれば、「原子炉級の純度の低いプルトニウム」でも核兵器を作ることが可能なのだそうだ。このような現状を見るに、ヒロシマ・ナガサキの核兵器使用には、「実戦における核実験」という側面が皆無であったと言えるだろうか???
■[用語]
「過早核爆発(早発)」 :核分裂がまだ十分でないうちに爆弾本体が壊れてしまうこと。
「自発核分裂」
:核兵器の核分裂に必要なプルトニウム239に、極めて不安定なプルトニウム240が少量混在することで、必要の無いときに核分裂が始まってしまうこと。
「爆縮レンズ」
:「早く燃える火薬」と「遅く燃える火薬」とを組み合わせることで、火薬内にレンズのような効果が発生し、爆発による圧力が、均等、且つ瞬時にプルトニウム・コアに伝わる仕組み。
◇ ◆ ◇
●このように、常人には思いつかないような技術や思想によって、今なお多くの核兵器が保有され、世界の国々は各々、国際社会での生き残りや拡張などをかけてせめぎあっている。
もしも核兵器が使われたとき、あるいは、原発事故等で放射性物質が漏洩したとき、もっとも過酷な運命に遭遇するのは私たち一般市民である。
私たち市民は、ただ指をくわえて自らの身が業火に焼かれることを受け入れなければならないのだろうか??
いや、国際社会と比べれば極めて小さな存在でしかない私たちにも、何かできることがあるはず。
月臣は、「知ること」、「自分なりに考えをまとめてみること」、「他人と意見を交わしてみること」こそ、私たちにできる『最初の一歩』だと信じている。
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【原子力】
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【広島原爆の日】1945年8月6日午前8時15分、世界で初めて実戦使用された核兵器により、十数万人の人々の命が奪われ、アメリカ合州国の対日終戦政策と冷戦時代の核開発競争が始まった。現在の世界は原爆を…
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【広島原爆の日】1945年8月6日午前8時15分、世界で初めて実戦使用された核兵器により、十数万人の人々の命が奪われ、アメリカ合州国の対日終戦政策と冷戦時代の核開発競争が始まった。現在の世界は、原爆を落とした合州国と日本との軍事同盟をひとつの軸として動いている。
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ITER(国際熱核融合実験炉)、JT-60(日本原子力研究開発機構:茨城県那珂郡東海村) などの核融合炉はトカマク型である。 [参照]トカマク型(Wiki) ◇ ◆ ◇ LHD(Large Helical Device、大型ヘリカル装置:岐阜県土岐市)は、 自然科学研究機構核融合科学研究所(NIFS)で製作された大型プラズマ装置。 [参照]ヘリカル型(Wiki) ※ヘリカル(Helical)は「らせん状の」という意味。
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【広島型原爆】(兵器カード) 史上初めて実戦で使用された核兵器。 第二次世界大戦においてアメリカ軍が広島県広島市に投下した。 ---------------- [破壊の炎](カードの効果) 全てを焼き尽くし、自陣にも被害が跳ね返る。 敵陣の人物カード2枚の他に手札、設置された技術カードの全てを捨て札にする。 同時に、自陣の人物カード、手札、設置された技術カードのうち、最も強いカードを1枚ずつ計3枚を捨て札にする。 [攻撃力]+5000 ◇ ◆ ◇ [月臣コメント] 今回のカードは【広島型原爆】です。 本来は8月6日に公開しようと思っていたのですが、仕事等の都合で遅くなりました。 このカードの作成・公開について「不謹慎だ」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、若い世代が「え!?日本てアメリカと戦争したの!?どっちが勝ったの!?」などと言うような時代となってきた昨今においては、このように、「接しやすい導入」によって、若い世代に「歴史の入り口」に立ってもらい、「歴史事件と現在の僕たちとのつながり」を感じてもらいたいと思います。 月臣のこの試みが成就することによって、「世代」や「民族」を越えた「歴史理解・歴史共有」につながるのではないかと期待しています。 「カード総数300枚、初期目標60枚」という目標を設定してはいますが、未だに十数枚しか完成しておらず、ルールも確定してはおりませんが、徐々に枚数も増やし、ルールも多くの人が楽しめるようなモノを構築してゆきたいと思っています。
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[転載]
もんじゅは、兵器級プルトニウムを
62kg生産し”た”か?(その2)
2006/12/16
「もんじゅは、兵器級プルトニウムを62kg生産した」か?
(その2)
◇ ◆ ◇
もんじゅの運転時間は4395時間
4385時間÷24時間=約183日。
ほぼ半年。 下のグラフは、2006年8月31日に開催された第30回福井県原子力安全専門委員会資料No.3「高速増殖炉研究開発センター高速増殖原型炉もんじゅ初装荷燃料の変更計画について」から切り抜いたものです。
↑[図1]「核燃やめて おいしいごはん氏」が切り取った「もんじゅの運転実績」。
[月臣コメント]
どういう意図かは不明だが、「核燃やめて おいしいごはん氏(仮称)」は、もとのグラフ(↓[図2])のこの部分(↑[図1])だけを切り取って「運転時間は4395時間(ほぼ半年)」としている。
(もっとも、月臣のこのツッコミが極めて瑣末な事柄であることは、Wikipediaの「もんじゅ」の記事を読めば分かることではあるのだが・・・。)
↑無修正
このままだと少し分かりづらいので、色づけ(ブロック分け)してみた。
(↓[図3:月臣による補追])
「もとのグラフ」をみると、「原子炉運転時間(4395時間:約半年)」と、「初臨界日時(1994年4月)」と、「初併入(原子炉と発電機を両方ONにする)日時(1995年8月)」と、「ナトリウム漏えい事故(1995年12月)」のタイミングが合わない。
↓[図3]
「原子炉運転時間」とは何か???
「初臨界」から「事故」までの間に「発電した時間」か???
「核加熱試験」から「事故」までの間に「発電した時間」か???
(繰り返しになるが、月臣のこのツッコミが極めて瑣末な事柄であることは、Wikipediaの「もんじゅ」の記事を読めば分かることである。)
◇ ◆ ◇
何はともあれ、「核燃やめて おいしいごはん氏」の記事には、 「日本の核開発の性質」について考えるための大切な部分もあるので、続きを読んでみよう。
◇ ◆ ◇
1994年 4月 5日 初臨界
1995年 8月29日 初発電(電気出力5%、熱出力40%)
1995年12月 8日
40%(電気)出力試験のため原子炉出力を上昇中、2次主冷却系配管の温度計部からナトリウム漏えい火災事故が発生し、現在(2006年12月16日当時)まで“停止中”。
ナトリウムの融点は約98度C。
もんじゅは“停止中”でも、ナトリウムが固まらないよう、電気で熱し続けてきました。
もんじゅでつくった電気はこれまでどれだけなの? もんじゅでつかった電気はこれまでどれだけなの? (月臣補注:「もんじゅで作られた”兵器級プルトニウム”はどれだけなの?」と言う方が、この文章の趣旨に合っているのではないか???)
もんじゅは高速“増殖”炉の原型炉。
”増殖”とは、燃え残った(未分裂の)プルトニウムと新しくできた(中性子がブランケットのウランに吸収されることで変化した)プルトニウムの合計が、燃料として装荷したプルトニウムより多くなったら”増殖”です。 ここで問題にするのは、新しくできたプルトニウム。
おもに、半径方向のブランケット燃料中の劣化ウラン(ウラン238)が中性子を取り込み、プルトニウム239が生成することでプルトニウムが新しくできるのですが、核分裂性のプルトニウムの比率がきわめて高く、”兵器級プルトニウム”に分類されます。 2006年12月9日、「’06もんじゅを廃炉へ!全国集会」で配られたチラシ「核開発を憂慮する会(準)」に、
「もんじゅは、兵器級プルトニウムを62kg生産した」
とありましたが、私はこの数字を信じることができません。
もんじゅの「理論能力」から無理ということではなく、 『生産した』 と過去形で書かれているから です。 チラシでは、「核開発に反対する物理研究者の会」の資料請求に対する1994年11月4日の旧動燃FAX回答を「62kg生産した」根拠にしています。
また参照として「核開発に反対する物理研究者の会通信第5号(1994年12月号) 」を示していますが、私はこの通信を発行当時に読み、「やっともんじゅについても半径方向ブランケットで生成されるプルトニウムの量と内訳を公表したか」と感慨深く思った記憶があります。
感慨深く思ったのは、この当時、グリーンピース・インターナショナルが「不法なプルトニウム同盟」という論文を発表し、もんじゅより早く運転していた実験炉「常陽」(茨城県大洗町)のブランケット燃料中の兵器級プルトニウムの問題がクローズアップされ、これを分離するための再処理施設を茨城県東海村の旧動燃の再処理工場に隣接して建設するという計画がいよいよ本格化してきたからです。
常陽ではどれだけ兵器級のプルトニウムが生成されたかは、アメリカの研究所などには情報が届いており、それをグリーンピースなどが公表したのでわかっていました。 通信を読み、もんじゅの62kgとは理論値で、「もんじゅが本格運転を開始したら1年間で生成するプルトニウムの量だろう」と考えていました。
旧動燃のFAX回答当時(1994年12月当時)、もんじゅは電気出力0%。熱出力(原子炉の出力)もまだまだ低い水準であったはずですし、そもそも初めての発電は翌年8月。グラフのようにその後何度か電気出力40%程度の運転を行いましたが、100%に達することもなく12月8日を迎え、本格運転をしないまま今日に至っています。 下のグラフ中の面積比から電気出力での稼働率をはじき出しても、5%には届かないでしょう。
タービンにつなげない試験での延べ稼働率はこれより多いわけですが、10%に届くとは考えにくいと思います。
(そもそも、いくら原子炉が発熱していようと、「タービン(蒸気式発電機)」につながなければ「電気出力」はゼロのはず。)
わたしはチラシで言う「62kg生産し”た”」は正しくなく、
「もんじゅが本格運転をはじめたら年間62kgの兵器級プルトニウムを生産することを旧動燃は認めていた」
と説明するべきと思いました。
◇ ◆ ◇
*グリーンピース・レポート「不法なプルトニウム同盟」については次をご参考に。
投稿日 2006/12/16
高速「増殖」炉問題
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