★月臣くにひとの”サイエンス素人勘定”★

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数学

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【本日のヱモノ ´艸`】

左下の三冊は「算法少女」つながり *´艸`*
 
◇ ◆ ◇
 
(左上から…)
 
「本当は憲法より大切な『日米地位協定入門』」
前泊博盛
 
「チェーザレ」
惣領冬実
 
「ヒストリエ」
岩明均
 
「風の又三郎」
ますむらひろし
 
「きりしたん算用記」
遠藤寛子
 
「和算に恋した少女」
根上生也監修、中川真脚本、風狸けん作画
 
「算法少女」
遠藤寛子原作、秋月めぐる漫画
 
「獅子王アレクサンドロス」
阿刀田高

転載元転載元: ++魔法戦艦リュケイオン【家族の時間】

[科学]
【アルキメデスのポンプ】
 
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【アルキメデスの螺旋】(あるきめですのらせん)
 [ 日本大百科全書(小学館) ]
 
 アルキメデスが考案したといわれる揚水装置。「アルキメデスのポンプ」ともいわれる。
 
 構造は細長い円筒の中に、ねじ状に深い溝を刻み込んだ軸をぴったりはめ込んだものである。この筒の一端を水の中に入れ人力で筒を回転させると、下方の水がねじ状の溝の空所を通って汲(く)み上げられる。
 
 螺旋そのものはアルキメデス以前から知られており、同様な仕掛けの揚水機はエジプトで灌漑(かんがい)用として長い間使用されていた。
 場所をとらないことから、近世初めのスペイン、ポルトガルその他の鉱山で盛んに使われた。
 
 日本へも中国を介して1637年(寛永14)に佐渡金山に導入され、竜尾車、水上輪などとよばれ、その後農業用に普及した。
 
[ 執筆者:山崎俊雄 ]
カテゴリ一覧:自然科学 > 科学技術 > 科学技術史
 
◇ ◆ ◇
 
【アルキメデス】Archimds (前287―前212)
 
 古代ギリシアの科学者、数学者、技術者。シチリア島シラクサ出身。一時アレクサンドリアに遊学したが、のちシラクサに帰り、縁故のあるシラクサ王ヒエロン2世Hiern やその子ゲロンGelnの援助で研究に励んだ。
 
 当時は地中海の覇権をめぐってローマとカルタゴの間のポエニ戦争のさなかにあり、シラクサはカルタゴに味方していた。アルキメデスも第二次ポエニ戦争(前218〜前201)ではシラクサのためにさまざまな武器を開発して祖国に尽くした。
 
 彼の著作は、今日、数学的、物理的なものが10編余り残っているが、そのいくつかは興味あるエピソードと関連している。あるとき彼は、「私にどこか(地球以外の)足場を与えてくれるなら、地球を動かしてみせる」と豪語した。そしてその証拠として、彼は、海岸にあった3本マストの軍艦を、複滑車を使って1人で岸に引き揚げた。これは彼が「てこの原理」に精通していたからで、その解説は彼の著『平面板の平衡』に書かれている。
 
 ヒエロン王が職人に純金の塊を与えて王冠をつくらせたところ、その王冠には金をいくらか抜き取って銀が混ぜてあるという告発があった。この問題の解決を頼まれたアルキメデスは、ある日、湯がいっぱい入った浴槽につかったとき、浴槽につかった自分の身体と同体積の湯があふれ出し、体重も軽くなることを発見して、喜びのあまり「ヘライカ、ヘライカ(みつけた、みつけた)」と叫びながら裸で街を走ったという。これは、王冠と同じ重さの純金、純銀、それに金と銀を混ぜたという王冠を、水を張った同じ容器にそれぞれ入れて、あふれ出る水の量で王冠の不正を見破ったわけで、「アルキメデスの原理」として知られ、彼の著作『浮体』第1巻の説明に当てはまる。
 
 また彼は、大数を表すために、宇宙に砂粒をいっぱい詰めると、その砂粒の数はどれくらいになるかを計算し、現代式ではその数は10の63乗より少ないとし、この大数の表記法を『砂粒を数えるもの』のなかで述べている。このほか、「アルキメデスの螺旋(らせん)」を発見したり、円周率すなわち円周と直径との比率について「円周はその直径の70分の220より小さく、71分の223よりは大きい」と算出した。
 
 第二次ポエニ戦争中は、大形の強力な投石器をつくったり、起重機のような機械で敵船を海面にたたきつけたりしてローマ軍を悩ませたという。 しかしローマ軍の兵糧攻めの前にシラクサも陥落した。
 その日、アルキメデスが家で図形を描いて研究しているところへローマの一兵卒がきて彼を捕まえようとした。彼が「私の図形に近寄らないでくれ」といったとき、兵卒は彼を刺し殺した。
 
 死後の建立を託していた彼の墓碑には、彼が発見した「球の体積はそれに外接する円柱の3分の2である」の図形が彫ってあった。
 
 アルキメデスは、理論と実際の結合こそ科学を向上させると考えた古代では珍しい科学者であり、その著『方法』では、その研究の方法まで赤裸に示している。
[ 執筆者:平田 寛 ]

転載元転載元: ++魔法戦艦リュケイオン【家族の時間】

[メモ]
【インド数字伝来前のアラビア数字】
古代インド数字(ブラーフミー)から現在のアラビア数字までの流れ。
 
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[ゼロの概念登場以前のインド;「ブラーフミー《(梵)Brahmi》数字」(A.D.1世紀ごろ)]
 
 歴史検定の対策をやっていて、「ゼロの概念」というキーワードに興味を持ったので、少々調べてみました。
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[6世紀ごろインドのバラモン(braahmaNa:ブラーフマーナ:聖職者)によって発明された
「ゼロ」を含む10個の「インド数字」。]
 
 「ゼロの概念」は、周辺地域への伝播の状況から、6世紀ごろ、インドのバラモン(聖職者・学者)によって開発されたようである。
 インドでも、「ゼロの概念」が登場する以前には、10、20、30・・・などの数に、それぞれ独自の文字が使われていたそうで、「足し算引き算はなんとかなっても掛け算割り算は難しい」という状態だったらしい。
 
 日本語で言えば、「十、廿、卅・・・」や、「百、千、万・・・」といった文字によって租税や商取引の記録を残すために使われた数字に相当するものが「ブラーフミー数字(古代インド数字)」であり、ちょうど仏教が日本に伝わった6世紀までインドでは存在し、使われていた、ということである。
 
 下の図は「現在のアラビア数字=新しいインド数字:古代アラビア数字」の対照表。
 古代アラビア数字にもやはり、「10、20、30・・・」などについて、それぞれに文字が定められているが、この文字では「記録」はできても「計算」は難しかったようである。
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[アラビア数字・インド数字・古代アラビア数字の対照表]
各列の左から、我々の使っているアラビア数字
インド数字、元々アラビアで使われていた数字。
 
 「ゼロの概念」の画期的なところは、「位取り記数法」によって計算が飛躍的に簡単になるところである。
 日本の漢数字で言えば、「億、万、千、百、十」などの、「位を表す文字を省略」する代わりに、「数字を書く位置を定める」ことによって、「筆算の視覚的な整理」に成功したのである。
 
 ゼロの概念を含むインドの数学は、アッバース朝[750 - 1258]の最盛期(850年頃まで)にイスラム世界で意欲的に導入されてゆき、古くから使われていた「アラビア固有の数字(1〜9)」は、インド数字へと置き換えられていった。
 
 フワーリズミー["フワーリズム(ホラズム)出身の人"の意。:Abu ‘Abd  allah  Muhammad ibn Musa  al-Khwrizmi (780ころ〜850ころ) ]は、アッバース朝第7代カリフ:マームーン(在位813〜833)のころに『インド数字による計算法』(Algoritmi de numero Indorum)を著し、イスラム世界における天文・測量、ひいては商業・文化の発展の基礎を築いた。
 
 強勢なイスラム世界が、東はビザンツ帝国、西はイベリア半島を圧迫し、その文物は地中海貿易によって東西ヨーロッパ世界にまで浸透していったが、その過程において、そもそもは聖職者・学者が用い、華麗な筆跡を伴う「インド・アラビア数字」は、下級官僚や商工業者にも簡易に使用できる「直線の組み合わせによるデザイン」へと改良されてゆき、現在私たちが使っている10個の「アラビア数字」として完成されたのである。
 
イメージ 3
[コーナーの数を図案化したといわれる、現在のアラビア数字の原形]
「ゼロ(0)」は「角のない”まんまる(≒新月型)”」
 
こちらの画像については弊ブログの記事[転載]【アラビア数字のナゾ】を御覧下さい。
(イメージ 4ファン限定)

転載元転載元: ++魔法戦艦リュケイオン【家族の時間】

[転載元]
人 生 航 路:
livedoor Blog(ブログ) - Ammonite<アンモナイト>氏
 
イメージ 1
 
【アラビア数字のナゾ】

 私たちが普段当然の様に使っている1・2・3・4・5・・・のアラビア数字(算用数字)。

 世界中で共通の算用数字として使われていますが、その成り立ちは大変古く、現在の10進記数法の起源はの概念(正数と負数の中心)を創った古代インド(バラモン数字)と言われています。
 
 インドで創られた数字が8世紀の後半頃、算術書としてシルクロードの通商で伝わり、アラビア諸国に広まるにつれて形が変化して行きました。
ヨーロッパ諸国に伝わったのは12世紀後半と言われています。
なので、アラビア数字と言われているのは、本来インド数字だったのですね。
 
 「アラビア数字はヨーロッパを征服し、地上のすべての文化的民族の自然科学、技術、経済、交通におけるその根本的役割を未来永遠にわたって引き受けたのである」とジクリト・フンケは著書「アラビア文化の遺産」の中で語っています。
 
 この様に、殆どの国で共通化された数字ですが、ここに面白い数字の概念(成り立ち)が有ります。
 「1」を書くときは1本の縦線を引きますが、欧米では直立した「へ」の字の様に書く事が有ります。「7」も「ヘ」と紛らわしいので「ヌ」のように書く場合が有ります。
 
 この「へ」の字の様な「1」には折れ曲がった角が1つ、「2」は「Z」の様に書くと角は2つ、「3」は「反転したΣ」の様に書くと角は3つになります。
 「4」は4角、「5」は5角(画像参照)・・・という具合に、角の数を数えると確かにその数字と同じ数になりますね。
 
 信憑性は定かではないので、コジツケなのかどうか判りませんが「ほぉ〜なるほどね」と納得させられるものは有ります。(笑)

転載元転載元: ++魔法戦艦リュケイオン【家族の時間】

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