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2001年夏。アフリカにもっとも近いアジア。あるいはアジアにもっとも近いアフリカ。 我々はそこにいた。旧日本兵の慰霊祭を行うために。 バオバブに囲まれた小高い丘の途中には土塀に囲まれた廃墟がある。病院?それとも学校?母親に手をつながれた子供たちの期待に満ちた視線。 丘のてっぺんから見下ろした海は深い群青色で、座礁した貨物船のマストが何本か無造作に海面から突き出している。向こう岸に見える遠い海岸と眼下の港。海峡をものすごい風が吹き抜けていく。予感めいた海面に白波がたつ。 その広場には日本兵の慰霊碑がある。 港内に侵入した特殊潜航艇は敵艦を攻撃後に発見される。脱出した搭乗員は上陸し、マダガスカルの荒野を幾晩かさまよった後に包囲され射殺されたという、大冒険活劇。 そして今、残された我々は彼らの魂の安らかなることを祈るためこの島に上陸した。 子供たちは土塀の上に立ち、物珍しげに我々を眺めている。 風が大地をたたき地響きのよう。足下の砂を巻き上げる。目を開けていられない。 式はなかなか始まらず、1時間近くその状態で待機となった。 歓声があがる。 子供たち声をあげている。 崖の上の岩に立って、吹き上げてくる海風をシャツいっぱいに孕ませている。 風船のように膨らんだシャツを競いあうように広げている子供たち。 世界でもっとも遠い場所。 私にとってのその場所がディエゴスワレズだ。 本日のイラスト・文責――清水橋 上海 |
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2008年06月28日
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