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皆様、ご無沙汰しております
今日は2週間前に開催した長女の初節句について
3/8に地元の「山神荘」において、親族並びに嫁の実家である小国からご出席いただき、盛大に祝っていただきました
まだまだ歩きもよちよちながら、長男よりも4ヶ月早く歩いた長女の成長に驚きです
(奥は姪っ子です
その後は実家に会場を移し、お招きできなかった方々をご案内
こちらも大いに盛り上げていただきました
昨今ではよくこぢんまりと開催されると聞いていましたが、このように盛大に開催できる親族のつながりの強さとお心遣いに感謝いたします
季節はもう春
暖かくなる季節に改めて私をはじめ我が家を取り巻く環境に対し、心も温かくなった日でした
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子供を育む環境
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人は成長していく過程で様々な事柄を学び、経験を重ねていく。 学生生活から日常生活に至るまでに連日数百という新たな発見をしている。 それがその人の ということは子供が小さい頃から見たことや聞いたこと、経験したことが固定観念である。 そう考えると固定観念を変えることはかなり難しい。 しかしその固定観念は自らの経験で180度変わる! 嫌いなものが好きになったり、好きなものが嫌いになったり・・・ 多くの経験をすることがその人の器さえ広げると言えるのではないか? 人が経験することを自分も経験して初めてその人との会話ができる。 何にでも臆することなく飛び込むことが大切であることを伝えることが自分の固定観念ですら変化させる手段である。
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最近、父親を殺害するという事件が後を絶たない。 それはあることを表している。 子供は生まれたばかりでも自分の母親はわかるらしい。 父親は子供の人格形成には欠かせないが、必ずしも生きていくためには必要ないということであろう。 私も母親にはお世話になっている。 幼少時代から現在に至るまで・・・ この関係が確立できなければ、家庭は成立しないといえる。
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この言葉は何をするにも多用される言葉である。 しかし最近は何かと変な平等が尊重され、何かに秀でているという子供が少なくないだろうか? そんな子供の長所を伸ばすことなく、ただ人と同じことが良しとされる時代である。 多大なる吸収力と想像力を持った成長期にこそ というものを目一杯やらせてあげたいものだ!
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掲載している絵を見ていただければわかるように、私フルーティーの故郷はど田舎である。 そのためこの時期になると、近所に住むはとこの「しのぶちゃん」と川に出かけては魚を捕り、山に出かけては、野イチゴ摘みや「うんべ」採りに明け暮れていた。 正式名称は何なんだろう・・・ 思い出の一品という感覚で覚えてたけど。 そんな田舎っぺの私はジュースがあり、店があり、ゲームがたくさんできる「都会っこ」に猛烈な憧れを抱いていた! しかしその田舎『古場田』で育まれ、何の不自由もなく生きてきた30年。 振り返ると田舎っこでよかった! もう絶対あの頃の経験はできないから。 遊び場所を探し、自分達で遊び方を考え、周囲の方々の生きた知識で『生きるための知識』を授けてもらった! これが古場田生まれを誇りに思う私の実感だ!
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