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今、思ってる事を、だぁーーーーっと書いていきます。
完全、つぶやき
すみません。ダラダラ書いてるつぶやきなので、
コメント不可にします。
多分、長くなると思うし、これは一方的に私の考えなのでね。
ココが幼稚園に入園してから、私にも心の変化がありました。
今までは、日本が便利・日本が綺麗・日本が楽しい、とか
いずれ帰国する事ばかり考えていました。
子供が生まれたら帰国する予定が入園までに伸び、
結局こっちで幼稚園に通う事にもなり。
いざ入園してみたら
『中国人と同じレベルで中国語がネイティブになって欲しい』
って考えるようになりました。
もし、小学校には帰国して日本の学校に通う様になったら
家でも外でも日本語で、
覚えた中国語も使うチャンスもなく忘れていって、
きっと中国語が話せないハーフの子供になってしまう。
ココが生まれる前の私は私の為だけに、
早く日本生活に戻りたいって思っていたけれど、
ココの為を思えば
どっちがいいんだろう、と。徐々に考えるようになりました。
日本と中国。
私は大きく考えれば、どちらもいい所も悪い所もあり、
今の私には答えが出ません
(実際はパパの仕事次第でもあるけど)。
でも『中国』の方がいいんではないか?
と思うようになっています。
まず、ココには父親の言語も母親の言語も(多少の差はあっても)
どちらもマスターして欲しい。
それは自分のルーツだから。
父方の祖父母とも会話が出来て欲しいし、
母方の祖父母とも会話が出来て欲しいって事です。
きっと、日本に戻れば、日本に染まってしまう。
それは安易に想像が付きます。
でも中国にいたら、
周りの環境も含めて『日本』を感じられる場があります。
私は日本語だし、
家以外にも、日本語を話す場があります。
最近、幼稚園で
「何か軽く怒ったり注意したら、すぐに泣くようになった」
って先生に言われています。
でも、それは怒られたのが怖いのではなく、
何を言われてるのかが分からなくての、悔し涙なんです。
以前から母の私はそう感じ取りました。
今朝も、見送りのまま少し野外活動を見学していたら
「紐を踏まずに、紐と紐の間を飛び越えて、向こうのリボンを取って
また同じ様に戻ってきなさい」
という、障害物競走みたいな内容でした。
ココは紐を踏まずに飛び越えると思ったらしく
(正しくは、紐と紐の間を飛び越える)
足を付いてはいけない間の部分に何回も入っていました。
もちろん先生は注意します。
ココはまた泣きべそ顔になりました。
先生は何か怒ってるみたい・・・?
ちゃんとやってるのに何故?
何言ってるのか分からないよ・・・・。
って心の中に葛藤があって悔しいんだと感じました。
ただただ怒られて泣いてるんではない。
きっと悔しいんだな、と。
言いたいけど、言えない辛さなら私にも分かる。
言い返す勇気がないのではなく、
返す中国語が分からないんです。
それが悔しくて、心にモヤモヤが残りストレスになる。
泣きたい気分になった事だって、1回2回ではない。
それでもココは、この数ヶ月の間に
かなり喋れるようになりました。
もう寝言も中国語です。家で1人言が中国語だったりもします。
でも、
今朝の話に戻れば、
「ココちゃんは言われてる事が出来ない」と先生は思ったのかも
しれません。まぁ、確かに1番小さいし飛び越えるには広い空間でした。
でも実は、
「言われてる事が分かってない」んですよね。
可哀想になって私が日本語で説明したら、出来ていたし。
今のココは、中国語教室に通ってるのではなく幼稚園なので、
自分自身の力だけで、
中国語を聞いて覚えて吸収していかなければいけません。
8時から4時までの長い間、
中国語漬けです。
他の子供のように、家の中に両親も祖父母もいて
その家族が中国語を話す環境で生まれ育った同い年の子供とは
大きな大きな差があるでしょう。
そんな事を見たり考えたりした時に、この先
中途半端に中国語を話せるようではココが可哀想だと思いました。
ココは中国で、中国人の中で
みんなと同じように中国語をマスターしていって欲しいと。
その上で、将来、ココがどちらの言語を話すか
どちらの国で暮したいかは
ココが選ぶ事です。日本語の面では私の力次第です。
でも、選ぶ所までは親が持っていかないと。
最近同じ様にハーフの子供を持つ方と
そういった話をしていました。
もし、何かの理由で日本に戻る事になったら・・・
という話で
私の考えを言うと、同じ考えが戻ってきました。
幼稚園に入る前には
「日本の幼稚園」「日本の小学校」とそれ以外には
思いもしなかったけど、
やはり私の中で変化があって、
もし、もし、帰国する事になっても
日本で『中国人学校』に入れる方がいいんではないか、
って思ってるんです。
何年か前の私には想像もしてなかった事だけど。
まぁ、日本ではいわゆる国際学校のようなものなんで
普通の日本の学校よりもお金はかかるかもしれないし、
日本に3校?しかないらしいので
しかも、大人気でなかなか入れないらしいってのを
以前、雑誌かTVで見た事があります。
以前は日本人もOKだったんだけど、希望が多すぎて
今は中国人の親の子供にだけになったらしいので
入ろうと思えば可能です。
余談ですが、
その友人に聞いた話だと、
前にこの街に住んでいた日本人の両親は
(駐在を終えて帰国してから)せっかく中国語を覚えたんだからって
帰国して、子供を中国人学校に通わせてる方もいるらしいです。
私は、『ココを日本の学校に』って以前は思ってたので
結構な衝撃でした。
私はハーフの子供を、日本の学校にって拘ってたのにって。
国籍問わず、インターにいれるのも地元の学校に入れるのも、
親には親の考えがあり。私にも色々考えはあったけれど、
考えも変化するもんなんだなぁ〜って。
頑なに「日本、日本」と思っていた私が、
今は「中国、中国」になっていましす。
そんな自分自身にもビックリですが、
今の頑張ってるココを見てると
安易に「日本に戻りたい」って気持ちはなくなりました。
ハーフって、やはり半分って事ではなく
日本人でもあり、中国人でもあるって事だと思うし、
その環境に揉まれる子供は大変だって思うけれど、
きっと成長して大きくなった時に、
日本語だけ・中国語だけになってしまったら、
本人に喪失感があるような気がするんですよね。
日本人として生まれたのに日本語を流暢に話せなくて、
言いたい事をうまく言えないのって可哀想じゃないですか?
中国人として生まれたのに中国語を流暢に話せなくて
言いたい事をうまく言えないのは可哀想じゃないですか?
ハーフって半分という意味だけれど
どちらも半分ではいけないんじゃないか、と。
半分ずつの2つをフルにしていくのが
ハーフじゃないかな、と。
言葉の面で、
今のココは辛い事も大変な事も多いのかもしれません。
言葉の面で、
今、私が8時から4時まで32人の中国人の中に1人入れられて
その中で毎日過ごすって考えると
色んな葛藤が想像出来るもの。
それでも、ココなりに中国語を覚えていって
皆と一緒に遊べて
楽しんでくれてるのも事実なので
それは安心しています。
なんか、そんな将来の事をよく考えるようになりました。
まだ幼稚園だけど、
1年って思っていたよりも早い。
ココもどんどん成長しています。
ある程度大きくなったら、
何でもココ本人に選択を任せたい。
それはココを信じて尊重していくつもりです。
でも、そこまでの地点・選択出来る状態まで持っていくのが
親の仕事なのかなぁって思うんです。
もし、親が「勉強しなくてもいいよ」って
子供をそのままに放置したら、
子供が成長して、「いざ大学に行きたい」って時に
選択不可になりますよね。
何となくそういう意味です。
(大学に拘ってる訳ではなく、例えばの話ですが)
ココが将来、
中国の大学に入る事も可能・日本の大学に入る事も可能、
まで環境を持って行きたいなぁって
そんな事を
考えるようになりました。自分自身で選択可まで。
悔し涙を流すココを見て、それが
このまま中国に住み
とことん中国語をマスターして欲しいって
考えるようになった、きっかけかもしれません。
やっぱり長々と書いちゃいました
最後まで読んで下さった方、ありがとう
1母のつぶやきです。
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