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1月17日は、妹のように可愛がっていた最愛の猫、小梅の命日でした。 早いもので突然のお別れから4年…亡くなった事実は受け入れられるようにはなったけど 今でも彼女を思い出しては、泣いてしまいます。 当時は眠れなくなるほど、辛くて哀しくてしょうがなく ペットロス症候群になりたくない一心で、何とか立ち直ったつもりですが 本当は今でも、立ち直ってはいないのかもな…なんて思います。 もっと自分がしてあげられたことがあったはずなのに…と今も自分を責めてしまいます。 せめてもの償いに、居間にある、彼女の遺骨にいつも献花をしています…。 動物と家族同然に暮らした経験がある人は 私と同じような想いをしたことがあるのかな…みんなどうやって立ち直ったのかな… なんて考えてしまいます。 彼女の病気が判明した時、命に拘わる病気とは思っていませんでした。 しかし病気が見つかってから1ヶ月で天国に逝きました。 その1ヶ月間かなりの治療費で、治療費を稼ぐために水商売をしようかと考えたほどでした。 私を誰よりも愛してくれていた彼女は、そんな私のために逝ってしまったのでは?と思ってしまいました。 「おねえちゃん、もう苦しまなくて良いよ…私ここらで逝くから…」と…。 気は強いけど、優しい子でした。 先住猫のみやちゃんが危篤になったとき、いつもはすぐちょっかい出してケンカばかりだったのに 最期はただ見守ってくれてました。 頑固者だったけど、空気を感じ取れる子でした。 猫もちゃんと、相手の気持ちを感じ取れるのです…。 悔やみます。 ただただ悔やみます。 どうしよう、どうやって治療費稼ごう?と毎日悩んでたことを顔に出してしまってたのかな、とか 亡くなった日、前日遅かったので朝寝坊し、具合悪そうだったことに、すぐに気づいてあげられなかったこととか… 悔やんでも悔やみきれず ごめんね、と泣いてしまうのです。 もう動物と暮らすのは辛いな…と思ったけど 小梅が亡くなった半年後には、高い所に登って降りられなくなっていた仔猫を保護してしまいました。 今はうちの4代目の家族です。 猫バカだな…と自分でも思います。 この先また辛い別れを経験するのは分かってますが 自分が哀しみたくないからということを理由に、 助けられる命を放置はできないなぁ…と思います。 小梅が東日本大震災を経験しなかったことは、せめてもの救いです。 今家にいる子たちは、あれからとても地震に怯えます。 動物にとっても、震災は恐怖です。 小梅の命日は、阪神大震災が起きた日でもあります。 正直東日本大震災を経験するまでは、阪神大震災のことは忘れかけていたし 震災の怖さも、良く分かっていませんでした。 小梅の命日が来るたび阪神大震災を思い出し 阪神大震災が起きた日が来るたび、小梅を思い出します。 どっちも忘れるニャよ!っ小梅のメッセージですかね… 忘れません。 忘れられません…。 |
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