函館アレ?これ!

自分の身の回りで起こった(怒った!?)出来事&根性(?)で集めた!汗と涙の結晶 マイ・コレクションを紹介していきます!

てんやわんやの大騒動の顛末

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このブログは、北海道 函館市で起きた私の従姉妹の住宅の火災について、体験したアレコレを述べているものです。住宅を建築・購入を考えている方、読み終えたら「自分の家」は自分で守らなければならないと強く思われる事と思います。私の友人はこの話を聞いてアパートに入居していましたが「家財保険」に早速加入しました。法律に疎い私たちが七転八倒している姿を思っていただければ幸いです。法律は弱い人の立場に決して立っていないと思いました。

多少、時系列が飛んでいて読みにくいかもしれませんが

じっくりと、読んでやってください。

事の始めは・・・

<北海道新聞 道南版より>

建設資材倉庫が全焼

函館・陣川町 けが人はなく

八日午前11時10分ごろ、函館市陣川町九八のOO建設(OO唯克社長)の建設資材倉庫から出火、木造平屋約二百八十平方メートルを全焼したほか、隣接する木造二階建ての民家延べ約八十平方メートルの内内部約三十平方メートルを焼いた。 出火当時、同社の男性従業員(四七)が倉庫の外で材木の加工をしていたが逃げて無事。 けが人はなかった。
函館消防本部の調べによると、男性従業員は倉庫にある休憩所のまきストーブをつけたまま屋外で作業していたと話しており、同本部では出火原因を調べている。 民家の所有者は東京に住んでおり、出火当時、人はいなかった。
現場近くにいた女性は、「ボン、ボンと爆発音がしたので、驚いて見ると、薄黄色の煙が上がっていた」と不安そうな様子で見ていた。

注・OO建設と記載したのは、名前を出すと色々と不都合があるのでは?と思い匿名にしてあります。
  本当は実名を出したいくらいです。


上記の「民家の所有者」は私の「従姉妹」にあたります。  


起ー追記
失火ノ責任二関スル法律

明治32.3.8

法40

施行 明治32.3.8

民法709条ノ規定ハ失火ノ場合二適用セス但シ失火者二重大ナ過失アリタルトキハ此ノ限リニアラス

承−1

長い間、従姉妹は東京で働いておりリタイアの時期になったら、落ち着いて生活できるところがあれば・・・
ということで、郷里である函館に家を所有することになったのです。

今でも、東京で生活をしていることもあり、購入した家を私と私の母が管理することになりました。

時々、訪れては家の換気、掃除・・・庭の掃除をし、いつでも使用できる状態にしておりました。

また、この家では上下水道が完備しておらず井戸水をポンプで汲み上げていました。
水道水に比べて、冷たくておいしい水です。

また、冠婚葬祭などで親戚が訪れたときに宿泊できる事もあり
親戚も喜んでいました。

遠くに住んでいても、田舎に「家」がある事は 心強いのではないでしょうか?

また、私も友人が遊びに本州からやって来ると、そこに泊まってもらい
その分で美味しい食事をしてもらっていました。
(訪れた友人たちは、宿代がわりに掃除をしてもらっていました。)

迂闊だったのは、中古住宅を購入したこともあり、丘の上の一軒家のような佇まいでしたので、
「火災保険」に加入することを失念していたようです。
購入当時は、住宅は何件かありましたが丘の上で若干不便だったようで、誰も住んでいませんでした。

現在では、近所に一世帯が住んでおります。

私たちも、自分たちが火を出さなければ大丈夫と思っておりました。
掃除がてら様子を見に行った時も、わざわざブレーカーを落とし「火の気」を完全に消してから、自分の家に戻っておりました。

承ー2

火災の一報は、当日(平成17年12月8日)の午前11時半ころ、私の自宅へOO建設から電話があり私の母が出ると

「大変ご迷惑を掛けました、今作業場より出火しました。 火災保険に入っていますか?」というような電話が一本入ったとのことです。
家をリフォームする際に、近くに作業場ある建設会社に頼んだほうが後々いいのでは、と思いリフォームを依頼し、そのついでに私の家の修理も頼んだので、私の家の電話番号が分かっていたのです。

私は勤務中で、連絡が取れずオロオロした母は友人に車を出してくれるように頼んで現地に行ったそうです。

消防車が10台以上出動していたようです。

火災現場の近くに住む知り合いは、サイレンの音が響き渡って消防車だけでなく救急車も登っていって大火災だと思ったよ、だけどまさか、知り合いの家が燃えたとは・・・・!と絶句しておりました。

この住宅の購入には、母が音頭を取ったこともあり購入からリフォームにあたっては毎日立ち会うほど一生懸命でしたので、もらい火により家が焼けたことを知り半狂乱になってしまいました。一緒に言った母の友人は
「お母さんは、燃えている家を見て泣き出して、腰が抜けて座り込んだんだよ。」と後日話してくれました。

高齢でもあり、母はその後体調があまりよくありません・・・・・



8日の夕方になり、私が自宅へ帰りますと母が憔悴しきった様子で
「陣川の家・・・・焼けてしまったさ。」
との声です。

自分もビックリです。
前日に様子を見に私も行っておりましたので・・・・・・

母は私に陣川の家に連れて行って欲しいと言われましたので、戻る早々に陣川の家に向かいました。

いつもの坂道を登り、横道に入りますと消防車が一台赤色灯を回転させながら停まっていました。

一晩は、再出火しないように「寝ずの番」をしているとのことです。

この家の持ち主の親類である旨を伝えると、懐中電灯で足元を照らしてくれたり焼けた家の中に誘導して灯りを当ててくれました。
「お気の毒ですね。 力を落とさないで・・・」との声を掛けてくれました。

自分もかなり力が抜けてしまいましたが、それよりも母の落胆ぶりを見ると
「体を壊すんじゃないか?」と思い、「このまま死んでしまうのでは?」とさえ思いました。

私の両親は、それぞれに実家を火災で失っています。
父は昭和9年の「函館大火」で自宅を失い、火の中を家族で逃げまどったそうです。
父は妹を背負い函館の町中を火をかぶらないように右往左往するように逃げ、全員無事だったそうです。
家・家財の一切合財をその大火で失ってしまいました。
母もまた、父と結婚した何ヶ月かあとで、商店街での火災で実家を全焼してしまいました。

ですから、両親とも私に
「火には注意しなければならない、火事の火元になってはいけない!」と子供のころから言われていました。

落ち込んでいる母を慰めるように「火を出した方じゃないから良かったんだよ!」と声を掛けるのがせいぜいでした。
よく、火を出したらもうそこには住めないと聞いておりました。
事実、近所で火を出した家は再建できないこともあるのでしょうが、住宅地で火を出した方は引越しをしています。

しかし、現実は「もらい火」の被害を受けた家に住むこともままらならず、火を出した会社は以前より立派な作業場を再建していたのです。

弱い立場の者は徹底的に弱い事を後日、改めて知りました。


自宅に戻り、私は母から消防署の担当者に電話して欲しいと言われたので、消防署に電話すると罹災した家をいつ頃購入したか?とか東京の従姉妹の連絡先等をを訊ねられました。
従姉妹の電話番号は、ソラで言えるはずなのに、そのときは思い出せずに、電話帳をメクッて伝えました。
自分もかなり動揺していたのですね、
そして従姉妹に火災の連絡をとるために、電話をして受話器を母に渡すと
「申し訳ないことをした、無理して買わせたのに・・・・陣川の家が焼けてしまった!ごめん・・・・・」と母は涙声で伝えておりました。
従姉妹も絶句しながら
「やっぱり、家に縁がないんだねぇ」と力を落としていました。
かえって、私の母に対して気遣いをしてくれていました。



その後、警察や消防から従姉妹の家や私の家に電話が再度掛かってきました。
消防では、明日の午前中に現場検証を行うので立ち会って欲しいとのことでした。

承ー3

翌日の9日の午前中に、現場検証に立ち会うために母と出かけていきました。

消防と警察から、出火した作業場で実地検証をしているようです。

従姉妹の家には、消防も警察も入っておらず私たちは庭から焼けた家の中を見ておりました。
昨晩には気づきませんでしたが、天井が焼け落ちで2回の屋根も焼けて青空が見えていました。

焼けた作業場には、OO建設の社長と思しき男性と2人の男性が何やら話しています。

罹災した家に、被害者に見える私たちがいるのに、謝罪に来ようとしません。
母と私が敷地に入って焼けた家を見ていても、目に入らないようです・・・・
無視していたのでしょうか?
普通なら、「こちらの自宅の方ですか?ご迷惑を掛けました。」と言葉を掛けるのが筋ではないでしょうか?

どうやっても、来ようとしないので堪らず母は
「社長さんですか?私はここの家の持ち主の叔母です。」と話し掛けました。

それでも、OO社長は謝罪するわけでもなく
「ここの後片付けにどれくらいかかるか?仕事ができず困るんですよねぇ」と話しています。
「この辺りでは、銀行も金を貸してくれないくらい価値がないんですよね。」
と他人事です、まるで被災したのはこちらであると言わんばかりです。


私は、ちょっと誠意が無いのでは?とも思いましたが、火事の翌日だから仕方が無いのかと思うことにしました。(心の中では、お宅の会社の作業場から出火したんだよ、天から火が降ってきたわけでもないんだよ)

こういうときは、絶対に謝罪しないものなのでしょうか?

事情聴取を終えた、火災当日に勤務していた作業員が私たちに消え入るようなか細い声で
「ご迷惑を掛けました・」と謝罪していましたが・・・・

検証に来ていた3人の警察官の方々も、私たちに気の毒そうな表情で
「こういう状況での火災では、どうすることもできないねぇ・・・」
つまり、失火での火災だから法律で弁償できないよ。諦めな!!
ということです。

従姉妹が、東京と函館では距離があるので何かあれば叔母と従兄弟(私のことです)に話して欲しい。という伝言を伝えて
「落ち着いたら、連絡が欲しい。」と話して後にしました。

この時点で私たちは全く、何も連絡が来ないとは思っていませんでした。
私たちには来なくても、従姉妹にはあると思っていました。


何日か後に従姉妹に窓にベニア板を張っておきますと連絡があったようです。


このたった一回のみの連絡ですべて終わらせようとしたのです。

そのことを、先日母が問いただすと

「仕事をしているんでしょうかねぇ、二回か三回か電話したけどいませんでした。」
と答えたのだそうです。

留守なら、連絡が取れるまで掛けるのではないでしょうか?
また、こちらに電話しても差し支えないのではないでしょうか?


やはり、それ以降まったく連絡が無く

いくら

「失火責任法」があり、失火により他人に損害を与えた場合は失火者に重大な過失があるときに限り賠償責任を負うという法律があるからとはいえ、一言の謝罪の言葉がないのは如何なものでしょうか?

賠償しなくてもよいということは、賠償してはいけない、賠償したら「罪」に問われるということではありません。

株式会社という、公の存在である事業主には道義的責任というものがあるのではないでしょうか?
また、従業員が起こした火災に関して「使用者責任」もあるのではないでしょうか?

せめて、出火の状況等の説明責任はあるのではないでしょうか?

誠意が感じられないと思うのは、間違いなのでしょうか?


防火建材を使用した家から出火したわけでもなく、燃えやすい「木材」や「溶剤」が多量に保管している作業場から出火し、消火用具も水道も無いような場所から火を出してしまうということは、これだけでも「重過失」ではないかと思うくらいです。
実際、この火事の後に私の家の近く(ほんの10メートル先です)で漏電による火災事故が起きまして2時間近く延焼していましたが、家の内部は全焼のようですが、隣の家までの距離は1メートル前後にも関わらず、全く焼け焦げ一つ付いていません。



重過失とは、注意義務の懈怠が重大である場合、わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見できた場合です。俗な言葉で言えば、「火災の発見に注意すべきとき、すなわち容易に火災が予見、防止できるのに、非常識な行為をした場合」という意味だそうです。

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