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タシィ・ツゥリンさんとは、4月26日の長野聖火リレーで福原愛の時に道路に飛び出してきた人だ。 もうご存じの方も多かろうと思う。 私も、BSニュースで直後のニュースを見たとき、「外国人」と報じられていたのが、 その後のBSニュースでは、「外国人」という言葉が消えていて、ずっと気になっていた。 今日、Youtubeでいろいろ検索していたら、関テレ系の番組で勝谷なんとかと言う人が、 いろいろ説明していた。それをみてビックリ。内容については、下記転載させて頂きたい。 ▼▼▼=========== 勝谷誠彦の××な日々。引用 =============▼▼▼ 「フリーチベット」の叫び届かず亡命2世/泣きながら乱入/聖火リレー 朝日新聞だけを読んでいる人はツゥリンさんを「台湾国籍の男」としか認識しない。しかもこの「台湾国籍」という卑劣な記述はどうだ。「台湾人」と書くと台湾を国と認めて中国のお叱りを受けるからなのだ。 朝日新聞は、続報でツゥリンさんの身元や動機について、談合記者クラブから垂れ流しの情報で書いている。 いかに愚劣で卑劣な作業がクラブで行われているか、産経の生の情報とつきあわせるとわかるので、敢えてここで紹介しておく。 台湾人の建設作業員の男(42)は「沿道に中国人がたくさんいたので興奮した」と話している。 そうではない、とういことはもうお分かりだろう。それに、たとえば朝日新聞だけを読んでいることの恐ろしさも。 ツゥリンさんは「台湾人」である。しかしそれよりも「チベット人」だ。 産経の記者は彼の生い立ちと、彼が飛び出さざるをえなかった事情を丁寧に聴いている。 <タシィさんは、中国のチベット侵攻後の1959年、チベットからインドに亡命し、その地で生まれた。紛争は直接経験していないが、父親の壮絶な体験がタシィさんの心に刻み込まれている。 父親は紛争の最中、政治的理由で中国公安当局に拘束され、死刑を宣告された。しかし執行の前日、一か八か、小さな窓から絶壁に向かって飛び降りて脱走、一命を取り留めた。その後、夫婦で当時7歳だった兄を連れて2週間かけて、命からがらヒマラヤ山脈を越えたという。> まさに中国の侵略による「チベット難民」であり、父上は死刑宣告まで受けた闘士なのだ。 本来ならば日本国政府は、彼を政治的難民として、敬意をもって扱わなくてはいけない。 何よりも、タシィさんは、聖火に襲いかかったわけではない。聖火を映していたカメラにむかって雪山獅子旗をかざそうとしたことは、映像を見れば明らかだ。 あるいはフランスならば、警官は彼がそれを行う余裕を与えてから拘束しただろう。 タシィさんは今も長野県警の拘置所で朝を迎えている。 私たちが彼をかばえなかったことは残念だ。しかしそれでも、彼が残したこの言葉を、私たちは誇りを持って受け止めたい。大マスコミの連中がいかに隠蔽しようとも。 <タシィさんは25日夜に長野入り。タイの聖火リレーでも抗議活動に参加したが、そのときと比べると、日本のほうがチベット支援者が多いことに驚いたといい、「応援してくれる日本のみなさんに感謝している」と述べていた。> 人の国で他国の税金をさんざん使ってやりたい放題やった挙げ句に、「大国」(嘲)の中国大使はこう喚いている。 私は、長野県警が胡錦涛来日の前に彼を釈放することを強く要求する。 |

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こんにちは〜!なんとなく、立ち寄りました〜。
2008/4/29(火) 午後 1:24 [ taku ]
産経も大阪版でしか書けず、東京版には書いてないようでした。
朝日も、今日はメーカー担当者のコメントとしてですが「中国にものを言えるはずもない」と小さな声で本音を吐いていましたよ。
2008/4/29(火) 午後 6:51 [ nagata ]
コメントありがとうございます。
でも、ローカルメディアに報道の自由が残っているのは、
まだいい方かも知れませんね。
てか、今まで、日本の報道は自由だとばかり思ってましたが、
チベット蜂起からこっち、日本のニュース見て、ネットでいろいろみて、いかに日本のメディアが中国の真実を伝えられていないかがよく分かりました。本当に空恐ろしいです…。
2008/4/29(火) 午後 8:45 [ 上海 ]
いつも
すごく内容の濃いブログですね、
とても勉強になります。
ヨカッタラ、こちらの方にも遊びに来てくださいね。
2008/4/30(水) 午前 6:10 [ 山本かおる ]
山本かおるさん、コメントどうも有難うございます。
サイトにお伺いしようとしましたが、なぜか「ブロック」されて見れません…。何かの拍子に見れる時もあると思うので、
そのときはお邪魔いたします。今後ともよろしくお願いします。
2008/4/30(水) 午前 9:54 [ 上海 ]